分岐3 赤いの


 雅は素知らぬ顔で業務区へ侵入した。居住区のエレベータを使うと確実に俺にばれるためだろう。
「雅さん、どうしました?」
もちろん職員が見逃すはずもなく声をかける。雅は苦笑いしながらジェスチャーで『ワケあり』ということを伝える。まぁこの職員も慣れた物で、別段気にもとめずに中へ通してしまった。
 開発室から事務室を通りエレベータに乗り込む。典の部屋は幸運にもエレベータを降りたすぐ脇だ。壮は新作ゲームに朝から没頭してるし、栄は何やら開発レポートの編集作業のために部屋にこもっている。唯一の懸念だった秀も優がムリヤリ引っ張っていった。
 ・・・おねぇちゃん、さんきゅう。
などと思いながらとうとう典の部屋の前までやってきた。
 となりの壮の部屋からゲームの効果音が聞こえてくる。緊張で唾を飲み込む音が辺りに響くのではないかと思う程の静けさだった。
 典の部屋の扉はいつもながら何の装飾もない一枚板だ、前回来たときは電磁バリアのお陰で扉に触ることも出来なかった。が、
「・・・今日は・・・どうだ・・・!」 
思い切ってノブをつかむと、あっさりと回った。
衝撃を予想して強ばらせていた肩の力が急速に抜ける。ほっとするのと同時に緊張が生まれてきた。
 ・・・ど、どーしよぅ・・・
ノブをつかんだままの手が固まる。自分から夜這いをかけたのに、心のどこかで成功するはずはないと思っていたのだろうか。それとも・・・
 ・・・・・ここまで来たんだもん・・・入っちゃえ!
ゆっくりとドアを押してゆく。暗い部屋に廊下の明かりが差し込む。典はぐっすりと眠っているようだ。ベッドの中からかすかに寝息が聞こえる。
「おじゃましま〜す・・・」
最小限に扉を開き、身体を滑り込ませて慎重にドアを閉める。
 ゆっくりと音を立てないようにしてベッドへ近付く。自分でも信じられないほどに落ち着いていた。だが、
 ・・・これからどうしよう?・・・・
これだけが雅の頭を埋め尽くしていた。典の事が好きだから、一緒にいたいから来たはずなのに、いざ暗い部屋に二人きりになると何をしていいのか戸惑ってしまった。
 ・・・このまま飛びかかっちゃマズイよね、やっぱ・・・
 今や雅は自分の考えをまとめることで精一杯で、先程からベッドの中で自分を見ている存在になど気が付くはずもなかった。

 ・・・何をやってるんだ、こいつは・・・?
生来戦闘機の典である、いくら熟睡していようとこんなに動き回ったのでは気が付かないなんて事はあり得ない。半分呆れ顔で苦悩する少女を見やった。
 ・・・面白いから見ているか・・・
雅がどう出るかと思い、バリアの展開をやめておいたらこの反応だ。
やはりヤヤコシイ事は彼女にはムリがある。例の温泉での事件にせよ、彼女一人じゃ何も起こらなかっただろう。
 ・・・しっかし・・・・・
彼女がどんなに突拍子もない事をしてもその全てがたまらなく愛おしい。言葉ではどう言おうとも、典もまた雅を想う心に偽りはない。
 ・・・難儀な感情だ・・・

 ふと、雅が振り向いた。ルビーとガーネットの瞳がぶつかる。
「あっ・・・」
思わず雅が声を上げ、そしてそのまま黙り込む。
暗い部屋を気まずい空気が覆い尽くす。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは雅だ。
「あ、え・・と・・起こしちゃった?ゴメンね・・・」
上目遣いでぽそぽそとつぶやく。暗くて解らないが、恐らく真っ赤な顔だろう。
「下にいなかったからもう寝ちゃったのかなって思って・・・」
必至に言い訳をしようとするが喋れば喋るほど自分で訳が解らなくなっていく。典は、やっぱりバカだ・・・などと思いながら深々とため息を吐いた。
 「う〜・・・・」
黙ったままでため息まで吐かれてしまい、雅の心細さは相当なモノにふくれあがっていた。上目で典を見たまま涙目になっている。
 「・・・・・・」
典は今にも泣き出してしまいそうな雅をベットの中から見上げ、いくつかの対処法を考えていた。
 ・・・このままほっとくのもそれはそれで面白いが・・・
 ・・・しかしほっといたら間違いなくべそべそ泣き出して寝られやしねぇし・・・
 ・・・かといって追い出すわけにもなぁ・・・
 ・・・まだ早いと思うが・・・・・・・・・・・・・・仕方ねぇ・・・
以外にあっさりと考えがまとまった。ロボットといえど典も所詮男だったのだ。
 少しばかり上体を起こし、頭を掻く。泣きだす直前だった雅が顔を上げた。
「・・・どうした、来ないのか?」
口に出した瞬間、雅に笑顔が戻る。僅かの後、ため息と共に典の脳裏に甘美な後悔が表れた。

 セミダブルのベッドは一人ではいささか大きく、かといって二人で使うには狭かったが、愛し合う二人にはちょうど良いサイズだった。
 瞬間的に全裸になった雅がもぞもぞと潜り込んでくる。顔に満面の笑みを湛えて。
 「・・・予め断っておくがな」雅を見ずに典が言う。「お前から来たんだからな、最後まで付き合えよ」
 雅は少し赤面して大きく頷いた後、もちろん、と加えた。
「じゃ、まぁ、」
典は動きがどこかぎこちなかったが、おもむろに雅を抱きしめた。
「あ え?ちょっ・・・・・・ん・・・」
雅はいきなりのことに少し戸惑ったが、大人しく従った。何せ相手は大好きな典だ、逆らうことなど考えられない。彼女は典の胸の中で全身がとろかされる様な感覚に包まれていった。

 数分の抱擁だけで雅はかなり興奮してきた。前に何度かこんなシチュエーションがあったが、全て自分からので、典の方から抱きしめてくれたことなど皆無だったのだから。
しかし今は違う、雅には『典がボクを抱きしめてくれている』この事実だけで己の内部にある眠れる性というものを認識するには十分すぎるほどだった。
 極度の興奮状態のためか、だんだんと雅の呼吸が激しくなっていった。時折苦しそうに大きく息をしている。
 そうしているうちに突然雅が声を上げた。
「・・・・・はぅっ!!・・・・・あっ・・・ぅ・・」
雅の精神状態を知ってか知らずか、典が少し頭をずらして彼女の肩口から首筋、耳元へその唇で優しくなぞったのだ。
雅の全身に鳥肌が立つ様な衝撃が走る。このままぶっ飛んでしまいそうな程だ。
「・・・ふぁ・うぁっ・・・・てぇ・・ん・・・あぅ・・・っ・・はぁっ・・・・・」
典はそんな雅にはお構いなしに続ける。雅の体温が急激に上昇していく。
 右肩から左肩への愛撫が終わると、典は少し顔を上げ雅の顔を覗き込んだ。彼女の顔は未知の快感とそれに対する言い様のない不安感で一杯だった。
「はぁっ・・・てぇ・・ん・・・んむ・・」
典は限りない愛を込め、雅の半開きにされた唇へゆっくりと己のそれを重ねた。直後、彼女の舌が彼を求めて分け入ってくる。今までにない、深い深いくちづけだった。

 「んっ・・・ん・・・・ぁん・・・・・ぅんっ・・・・」
お互いの全てを探り合うようなディープキス。もはや二人の間に言葉など要らない。
 唇を合わせたまま、どちらがともなしに布団をはねのける。湾曲した壁一面の大きな窓から覗く月が二人の躰を闇の中に青白く浮かび上がらせる。夜の冷えた空気が熱く火照った二人にはちょうど良かった。
 「・・・ん・・・ぁ・・・ん・・」
典が唇を離すと雅の口から名残惜しそうな余韻を残した声が漏れた。
 典は身体を少し離し、今度は彼女の全身へと愛撫を始めた。
喉元、鎖骨をなぞり、月明かりの下にその存在感を一層際だたせている胸の膨らみへと続いていく。
「はぅ・・・んぁ・・・はぁ・・・・っ・・・」
典が動くたびに雅はえもいわれぬ快感を受ける。彼女の秘部は既にしとどに濡れそぼっており、喉の奥から漏れ出る喘ぎ声は、初めて感じる悦楽の渦にとっぷりと浸かってしまっているかのようにか細く、聞いた者が男でなくとも身震いするような艶やかな色を孕んでいる。
 雅がその身体を捩る毎に、無垢な嬌声を上げる度に、典はその攻めを一層強めていった。


 どれくらいの時間が経っただろうか、ベッドのあちこちでじっとりと濡れたシーツが月明かりを反射してきらめいている。
 雅の躰は典の愛撫に素直に、そして敏感に反応していた。しかし全身で愛を感じてはいるが未だ絶頂には達していなかった。数回、二人が一つになりかけたものの、無意識のうちに雅がそれを拒んでいたのだ。意識も肉体も、一つになることを望んでいるはずなのに、理性の奥底にあるほんの少しの恐怖心が彼女に脚を開くことの自由を与えてくれなかった。
 そうして、今まさにその機会が訪れて来た。
「ん・・んっ・・・ぅん・・・・」
舌を絡めながら典が雅の躰を優しく包み込む。しかし、やはり彼女の脚はぴったりと閉ざされたまま、開くことを拒んでいた。
 紅い瞳が交差する。典は唇を離し、雅の耳元に囁いた。
「嫌ならそれでいい・・・」
その囁きには普段の典にはまず見られない優しさが込められている。雅は黙って交差させたままの首を横に振った。
「ボクから来たんだもん・・・」
典を受け入れたい気持ちが全ての筈だったのに、改めて自分の中に問いかけると、それについての恐怖心が在ることに気付かされた。
「・・・でも・・・」
 雅の躊躇う理由を理解した典は、そのまま彼女の耳元で静かにつぶやいた。
「大丈夫、恐くない・・・・・」

 愛する人の囁きはまるで媚薬の様に雅の心に染み渡り、恐怖という名の氷塊を春の日差しの如く解かし、流し去っていった。
 すっ、と雅の引き締まった脚から力が抜け、僅かに開く。典はその隙間に身体を滑り込ませた。雅の頬が紅潮する。
「典・・・キスして・・・」
とろけるように甘いくちづけが忘れられないのか、緊張をほぐそうとしているのか、二人の唇はまたも一つに溶け合った。

 いままでで最も長いキスを交わした後、改めて典が雅に問いかける。
「本当にいいのか?」
既に決心がついたのか、先程からずっと赤らめた顔のまま雅が頷く。
「うん・・・お願い・・・・」
典は雅の”お願い”という単語に少しばかり当惑したが、ゆっくりと体勢を整えていった。雅自身、何故”お願い”などという言葉が出たのかよく理解できなかった。ただ、愛する典と一つになりたい、そのことだけが今の彼女の頭を支配していた。
 シーツをしっかりとつかみ、きゅっと目を閉じて、雅はその瞬間を待った。

 ゆっくりと、だが確実に典は雅の中へと侵入していく。
「ふぁ・・・・んふぅ・・・・ん・・・あぅ・・・」
雅の声は唄うように、初めて味わう悦びを味わっている。
典の様な制御された理性を持たぬ者が少女のそれを聞いたなら、ほとばしる欲望に自らを抑えることすらままならないだろう。それほどまでに彼女の声は妖艶な色を滲み出している。
 月が雲に隠れ、闇が全てを覆い尽くしたその時、二人は一つになった。

 生殖を伴わない性交―――それは半永久的に生を約束された彼らだけに許される行為だった。愛も、性も、人の手によって造られた物でしかないのだが、その存在は彼等にとって絶対にも等しい。

「てぇ・・・ん・・・・・・」
喉から絞り出すように雅が声を出す。全神経が下腹部に集中しているためだろうか。
「ボク・・・典でいっぱいだよ・・・」
恥じらいや嬉しさ、困惑の入り交じった声で呻くように喋る。挿入された典のモノが彼女の肉壁を余すところなく満たしている。快楽に目覚めた本能が更なるものを求め、腰を浮かせた。同時に、典が無言のまま動き出す。雅の肉壁がその収縮を早めていった。
 暗闇の中に二人の影が踊る。

 「・・あっ、うぁっ・・・あぁっ!あっ、はぁっ!!・・・・あ・・・・ぅぁ・・・・」
泣き声とも叫び声ともつかない声を上げ、雅の全身から力が抜けていく。遂に初めての絶頂を迎えたのだ。しなった躰がゆっくりとベッドに沈んでいく。
「くっ・・・!」
典は、急激に激しくなった柔肉の収縮に耐えきれず、そのたぎる全てをぶちまけた。
「ひあっ!」
灼熱の精液(精子は存在しないが)を膣内に受け、一瞬びくっと雅の躰が震えた。
 絶頂へと達した二人はしばらく無言で折り重なるように荒い呼吸を続けていた。

 「気が済んだか・・・」
典がゆっくりと起きあがり、挿入したままの肉棒を抜こうとした。
「あっ、んっ・・・」
雅がロボットならではの神経で下腹部に力を込めた。途端に弛緩していた肉壁に力がみなぎり、典をがっちりと押さえ込む。
「う・・・っ」
「んっ・・・く」
初めての体験だというのに、雅の愛欲は止まるところを知らないかのような側面を見せた。「まだダメ・・・・・・・・・もっと深く、激しく愛して・・・ね・・」
彼女の中で未知なる感覚におびえていた影は微塵もなくなっている。愛される快感が本能の中の性を目覚めさせていた。
 「・・・・・・」
普段の典ならば簡単に従うようなことはないのであろうが、彼女の思わぬ攻撃で再び活気づいた欲望を抑えることなど不可能だった。
 複雑な気持ちのまま、典は再び愛しい彼女を抱き寄せた。

 その後数回絶頂を迎え、典の疲労は極限に来ていた。
 ・・・バケモンだな・・・
肩で大きく息を吐き、ベッドに仰向けになっている。再びああならないようにきっちりと抜いて、だ。
 一方の雅はまだ余裕がありそうだ。呼吸も典ほど荒くない。
 天井を見上げたまま雅がつぶやく。
「ねぇ、まだ大丈夫?」
言って、典の方に顔を向ける。その目はぎらぎらと妖しい輝きを放っていた。もはや彼女の中に愛されたいという欲望はなく、ただ熱い躰に快感を得ることだけを考えている。
「馬鹿言え・・・もうムリだ」
典は腕で目を覆い、相手にしようとしない。雅は少し不満そうな顔をしてそっぽを向いた。

 数分後、雅が起きあがり、典の方へ寄っていった。
「典?起きてる?」
耳元に小声で問いかける。数秒の後、ああ、と返事が返ってきた。雅はくすっと笑顔になり、更に小さな声で典に語りかけた。
「典は寝てていいよ、ボクがやってあげる・・・」
雅がもそもそと典の脚の方へ移動していく。彼女のやろうとしていることを察し、典が頭を上げた。
「おいっ!」
雅はびくっ、として典のモノへそろそろと伸ばした手を引っ込めた。
「・・・・ダメ?」
一際可愛らしく雅が聞き返す。
「ダメ!!」
さすがの典も溜まった疲れからか、もう限界のようだ。雅を一喝して布団をかぶってしまう。
「ぶぅ・・・」
 素での会話のせいか、雅の中の燃えさかる情熱は何処かへ行ってしまった。いそいそと典の背中に寄り添うと、そのまま眠りに堕ちていった。

エピローグ