俺的小説第一弾!「ロックマンX4」:後編

八章 電脳空間


 電脳空間にはありとあらゆる情報が溢れている。もちろん、有益なものからそうでないものまで様々だ。その、無益なものの中には無益なばかりか、コンピュータへ重大な損害を与えるデータまで存在する。俗にコンピュータ・ウィルスと呼ばれるこれらのプログラムを野放しにしておいたのでは安心してネットワークを利用できない。そのため各分野から集められたエリートプログラマーによって最強のネットワーク・ガーディアン、S・クジャッカーが開発された。
 だが彼は他のレプリロイドと違ってボディというハードウェアに依存しない性質上、ありとあらゆるネットワークに介入し問題のあるウィルスを攻撃できる能力のため、そのプログラミングには細心の注意がはらわれた。

 ホストサーバ上で、クジャッカーは一体のウィルスとおぼしき影と対峙していた。
「・・・フフ、最強のガーディアンが聞いてあきれるわね・・・」
レプリロイドにイレギュラーが現れるのと同様、一般のプログラムなどがイレギュラー化する事も最近になって発見されてきた。この日の相手もそんな一体だった。
「・・・黙れ・・・貴様らの要求を呑む事などできるか・・!」
 だがこの日の相手は尋常ではなかった。データベース上のあらゆる抗体ウィルスが全くと言っていいほど効かないのだ。
「そう・・私の命と引き替えてもだ!!」一か八か、彼は最新の攻撃プログラムをロードした。「エイミング・レーザぁー!!」
両腕をクロスさせて生じた光の剣は、一瞬、相手を捉えたかのように見えた。
「なにっ!!」
だが彼が斬り捨てたのは運悪くホストへアクセスしてきたデータの一部だった。
「どこを見ているのかしら?」背後で敵の声がした。「フフ・・貴方が私を倒す事なんて出来ないの・・・」
「なんだとっ!?」
「貴方が倒れればデータベースは私のモノ、たとえ私が負けても私を構成しているウィルスが途端に蔓延するわ・・・初めから貴方に選択肢は無いのよ」
クジャッカーは相手の言葉に愕然とした。電脳空間上に自分の能力を超える存在がいるなどとは夢にも思わなかったのだから。
「心配する事なんて無いわ、データベースは全てあの方が管理してくださるもの」
囁くように、そう告げると相手は空間の彼方に去っていった。
「また来るわ、いい返事を期待してるわね」
相手が去った後も、クジャッカーはその場から一歩も動くことができなかった。

 E・ホーネックは電脳空間を飛び回っていた。ボディが完成するまでの間ハンター本部のコンピュータ内部で雑用をこなしているのだが、そのほとんどが検索ソフトもどきの作業だった。
「あ〜あ、人使い荒いよな・・・副隊長なんだぞ、俺は」
などとぼやきながら各種のファイルを指定されたクライアントへ運んでいく。
「妙な事件が起きるからまーた修復に時間がかかるじゃねぇか・・・って、隊長がうつったかな?」
やり場のない怒りを放り出すと、ふと、誰かの気配を感じた。
「誰だ?」
気配の方に目を凝らすと、一体のプログラムが現れた。
「よく解ったわねェ、ボウヤ」実体化したプログラムはあのクジャッカーだった。だがその挙動には何処か不自然なところがある。「さすがは第0部隊副隊長、といったところかしら?」
「あぁ、あんたか・・・ウィルスならいないぞ、何処か他を当たってくれ」
今更何を言ってるんだ、こいつは?そんなことを考えながら次の結果を届けに行こうとしたとき、背後で不穏な気配が発せられた。
「!!貴様っ!」

 空挺部隊のホストにホーネックが現れたのはそれから間もなくのことだった。
ちょうど、作業をしていた隊員のディスプレイに割り込んできた彼のグラフィックは随所が欠落し、姿を保っているのもやっとの状態だった。
「ほ・・・ホーネックさん!?」
「回線を切れ!早く!ケーブルごとだ!」
言われた隊員は訳も分からず従うと、ホーネックのグラフィックはもはや文字化けしたテキストデータの様になっていた。
「Dr.ケインを・・・大至急、全てのファイアウォールを内部に向けて展開しろ・・奴を逃がすな」
それだけ言うとホーネックのデータは自動凍結処理された。
 彼はしばらく呆然としていたが急に我に返り、急いでオーダールームへと走った。

「よし、こっちはOKじゃ」
「データの解析も順調です」
「マップは?」
「もう少しです」
メイン・コンピュータルームでは今まさにレプリロイドのプログラムを電脳空間上に降ろす準備が行われていた。
「大丈夫か、エックス」
ケインがカプセル内のエックスに話しかける。火山から戻ったエックスはそのまま次の任務を遂行する予定だったが、急遽こちらに回された。何しろ相手は最強のガーディアンだ、こちらもかなりの強者を出さねばならない。
「ええ、大丈夫です」
その双眸には今まで以上にイレギュラーに対する怒りが込められている。
「マップ完成しました」
クジャッカーを追い込んだサーバのフィールドマップがエックスのメモリ内に落とされた。
「気をつけてください、リアルタイムに更新される恐れがありますから」
「あとホーネックさんから伝言で、『奴は恐らくパラスティック・ボムのデータを持っている。改造して更に強力な武器になっているかもしれない』とのことです」
エックスはしばらく瞑想した後、口を開いた。
「・・・解った・・・降ろしてくれ」
こうしてエックスのプログラムが電脳空間に降ろされた。

 しゅううん・・オーダールームの扉が開き、ゼロとアイリスが入ってきた。なにやら言い争っている。
「だから、今回は特別扱いだった訳でだな」
「なによそれ、キーだけ渡せば私はお払い箱なの?」
「あのなぁ・・・」
どうやらイーグルのキーとアイリスの扱いで口論となっているようだ。痴話喧嘩の様にも見えたから、事情を知らない者が見れば「この忙しいのにいい気なもんだ」などと思われたかもしれない。
「ん?」
ゼロがオーダールーム内に流れる緊張した空気を察知した。
「どうした?何かあったか?」
話を聞き、彼らもメイン・コンピュータルームへと向かった。
「どーしてこう、事件ばっか起こるんだ・・・」
ヘルメットを外し、頭を掻きむしるゼロの後ろ姿はまさに「苦悩する管理職」といったところか。

 レプリロイドにとって電脳空間と現実空間では大した変化は感じられない。ボディの制約を受けないため、かえって電脳空間の方が行動しやすい程でもある。ただ、人間がインターネットなどを利用するのと違い、ウィルスなどの攻撃を受けた場合それが全て自分自身へのダメージとなる事は言うまでもない。
 エックスは降りるとまずマップを確認した。
「大差ないようだが・・・気をつけるにこしたことはないな」
しばらく進むと何かのゲートらしき物が見えた。先へ進むにはここをくぐるしかない。
「大丈夫だろうな?」
おっかなびっくりゲートに入ると、足下から何かが通り抜けていった。
「な・・何だぁ?」
驚いて身体を見回すがどこにも変化は見あたらない。先を急ごうとすると、突然ゼロの声が聞こえた。
『今のは個体識別ツールだ』
「ああ、戻ってきたんだ」
『結構面白かったぜ、お前のリアクション』
「・・・君も受けてみろよ」
笑うゼロに小さく抗議してからエックスが話し出した。
「ゼロ、ナビゲートしてくれるなら抗体のジャミング頼んでいいか?」
『あぁ、まかしとけ・・・そうそう、プレゼントだ』
ゼロがいくつかの操作をすると不意に、エックスの脚が輝きだした。
「これは・・・フットパーツ?」
輝きが収まると、エックスの脚は白いカラーリングのパーツになっていた。
『あの爺さんが言ってたぜ、これはあってはならない闘いだ・・・ってな』
「・・・あぁ、そうだな」
フットパーツから懐かしい、暖かな記憶が流れ込んできた。

 数々の抗体ウィルスを退け、三番目のエリアに来たときだった。
ゼロの視界の隅に映っていた数字のカウントが緑から赤い表示になっているのに気がついた。
「あん・・・?」
カウントはだんだんと減っていき、ついに一分を切ってしまった。
「やべぇ!エックス、カウントトラップだ!!一分切ってる、急げ!!!」
制限時間で自動的にフィールドの再構築を行うプログラムが組まれていたのだ。再構築に巻き込まれればレプリロイドのプログラムなどひとたまりもない。
『くそっ・・・!!』
エックスは急いで駆け出した。ジャミングのお陰で抗体には邪魔されないが、距離が距離であったためぎりぎりのラインだ。
「3・・・2・・・1・・・」
『間に合えっ!!』
カウントが0になると同時に次のエリアへのゲートに飛び込んだ。
「どうだ?移動できたか!?」
エックスのデータを追っていた一人に問いかけるが、彼の返事は無言だった。
「なんて・・こった・・・」ゼロはキーボードを叩きつけた。「冗談だろ・・・」
 重い空気の中で懸命な捜索がなされているとき、エックスのボディを見ていたアイリスが声を上げた。
「ね・・ねぇ、あれ」
エックスの頭部が眩い光を発した。ヘッドパーツが更新されるとエックスのプログラムも通常のエリアに戻ってきた。室内に安堵のため息が漏れる。
「エックス!無事か!」
『あ・・ああ、いきなり通信が途切れたから驚いたよ』
「こっちのセリフだ!心配させやがって」
緊張と安心で強張った表情のゼロの横でケインが口を開いた。
「・・・隠しフィールド?」
『なんです?』
「いや、ネットワーク上にいくつか確認できないホストがあるんじゃよ、それを隠しフィールドとか呼んでるんじゃがな・・・」
・・・Dr.ライトの研究所跡に繋がったのか・・・偶然か、それとも・・・
「そこだ、野郎がいるエリアだ」
ゼロの言葉でケインは我に返った。
「ここから儂らはサポートできん、頼むぞ」
「パラスティック・ボム自体のホーミング性能は大した物じゃない、改造したところでホーミング・トーピード以上の性能は出ないだろう」
『解った』
通信を切り、エックスはクジャッカーの待つ部屋へと入っていた。

 「・・・潜在能力測定不能・・・?信じられないわね」
クジャッカーはハンター本部のデータベースからエックスのデータを引き出していた。
「基本戦闘能力ランクB。但し各種カスタムパーツ装着時はこの限りでない・・・よく解らないレプリロイドね」
 巨大な書庫めいた空間上に椅子を浮かべてその上に座り込んでいる。手には数百ページにも及ぶエックスのファイルを持っている。
「・・・又、一部のレプリロイドが持つ一級特殊兵器をチップの組み替えだけで自らの装備として扱える点から見て、過去百年ほど前に幾度と無くマッドサイエンティストの魔手から世界を救ったロボットとの関連性も指摘されている・・・凄いレプリロイドなのねぇ、アナタって」
椅子から降りるとそれは空間上に消えてしまった。振り返った視線の先にはエックスがたたずんでいる。
「クジャッカー、何故お前がこの様なことをする?」
「フ・・・ある方に頼まれたのよ、アナタのことを調べてくれって」
クジャッカーの顔には自信に満ちた笑顔が浮かんでいる。
「何?・・・誰だ、それは」
エックスの脳裏にドラグーンの言葉がよぎった。もしかしたら・・・

 モニターから様子を伺っていたゼロがクジャッカーの口調に違和感を感じ、ケインに尋ねた。
「この野郎、こんな奴だったか?」
「うむ、もっとこう、威厳漂うような感じだった気がするが・・・」
「タダのイレギュラーじゃねえってことか・・・」
ゼロが見つめる狭いモニターの中で二つの影が同時に動いたのはちょうどそのときだった。

 「なかなか勘のいいボウヤね・・・でも、そこまでね」
クジャッカーが動き出すと同時に撃ったバスターは虚無の空間へと消えていった。
「いくらアナタが強くてもここじゃアタシにはかなわないわ」
 電脳空間を自由に行き来できる彼は、まだこの空間に慣れていないエックスの背後に瞬時に回り込むことも可能だった。エックスは見えない相手からの攻撃に恐怖すら感じた。
「くそおっ!」
相手の姿が見えてから撃ったのでは避けられてしまう。かといってただ闇雲に連射したのでは格好の的になる。相手の挙動に神経を集中させるだけで相当に参ってきていた。
 だが、何度か攻撃を受ける間に、エックスは彼が一定の間隔で規則的に動いているのに気がついた。
 タイミングを合わせるように撃ったチャージショットは、ちょうど姿を現したクジャッカーに命中した。
「くあっ!」
彼は衝撃でのけぞったが、すぐに体勢を立て直すと不適な笑みを浮かべた。
「やるわね・・・ならこれはどう!!」
一瞬だった。攻撃を当てるために彼との距離を近づけていたのが不幸にもクジャッカーの攻撃をまともに受けてしまう羽目になってしまった。
「か・・・はっ・・・」
見えない刃で全身を貫かれたような衝撃がエックスの全身を捉えた。身体のあちこちがバラバラになって何処かへ飛んでいってしまいそうな感覚がエックスを襲う。激しく壁に叩きつけられ、うつぶせに倒れ込んでしまった。プログラムの崩壊――死――がすぐ近くに迫ってきた。だが、”諦めない”その思いだけが彼に尋常でない回復力を与えた。
「くっ・・・」
ひどい痛みをこらえながらエックスが立ち上がろうとしたのをしたのを見て、クジャッカーは驚愕した。
「・・・アレを受けてまだ動けるの・・・?」
彼の武器の中で最高の威力を誇るエイミング・レーザーを受けて起きあがることが出来たのはエックスが初めてだった。焦りのような表情でクジャッカーは薄く笑うと宙へ浮き、その羽を大きく開いた。
「まァいいわ。これで終わりよ・・・」そう言い、エックスめがけエネルギー体を投げつけた。「逃がさないワ!!」
「!!これはっ!」
身体にまとわりついたエネルギー体には覚えがあった。先の事件でイレギュラーとなったホーネックが放ったパラスティック・ボムのサーチシステムと酷似していたから。
「なかなか使い勝手が良くてね、使わせてもらってるのよ」
 動かないとやられる・・・頭に考えが浮かぶのと同時にクジャッカーの放ったミサイルが着弾した。
「があっ!!」
たちまち白煙が辺りに立ちこめた。
「オーッホッホッホ!やったワ!!」
高笑いと共に降り立ったクジャッカーは立ち上る煙に向かって語り始めた。
「どう?電脳空間ではロックオンさえ出来れば完全なホーミングミサイルを撃てるのよ」
完全なホーミング―――まさにハードウェアという物質に頼らない空間ならではの攻撃方法だ。
 もはや瓦礫と化した部屋の片隅で何も動く気配が無くなったのを見ると、クジャッカーは訝しげな表情を浮かべた。
「まさかとは思うけど・・・あの位でヤラれちゃったの?」
だがやはり返事はなかった。
「気に入らないわね・・・」

 「おい、まさかホントに死んじまったんじゃねえだろうな」
モニターを見つめるゼロの表情が曇り始める。
「何分バグを与える攻撃じゃからのぅ・・・」
室内に再び重い空気が立ちこめる。

 だが、エックスは生きていた。瓦礫の下に埋まり、クジャッカーが近づいてくるのを待っていた。その気になれば瓦礫の山など瞬間的に修復出来る力を持つ者が引っかかって来るとも思えないが。
「・・・もう少し・・・こっちだ」
僅かな隙間から覗く脚を頼りに飛び出すタイミングを計る。そしてクジャッカーの脚がすぐ近くに迫った瞬間、
「だああぁぁぁりゃあぁぁ・・・!!!」
瓦礫を吹き飛ばしつつ、エックスが飛び出した。
「フッ・・・そんなことだと思ったワ!」
クジャッカーは余裕で用意していたミサイルを発射した。
「今度こそ終わりよ!!」
エックスの身体が爆炎の中に埋もれる。連鎖的に起きる爆発の中でエックスの身体が燃え尽きるのを確認すると、クジャッカーはまたも高笑いした。いや、しようとした。
「!!」
迫り来るバスターの弾に気づいたときには既に彼の身体は数メートルも吹き飛んでいた。
「・・な・何故・・・」
肩で大きく息をするエックスに問いかけるように彼はその場に頽れた。
「ハァ・・ハァ・・ソウルボディか・・・疲れる技だ」
エックスは深呼吸して倒れた相手に近付いた。
「う・・く・・・・」
どうやら相手はまだ生きているようだ。
「もう一度聞く、お前の主人は誰だ?」
エックスバスターの銃口を突きつけたままクジャッカーに聞いた。
「フフ・・・大人しく喋ると思って?」
だが発せられた声はクジャッカーの声では無かった。
「残念ね、このヒトに記憶は残っていないわ・・・いくら問いただしてもムダよ」
「待て!・・・ちっ」
声が消えると同時にクジャッカーの意識が戻った。
「わ・・・私は・・・?」

 どうやら謎の声の言うことは正しかったようだ。クジャッカーは破壊活動をしたことは覚えているが何故そのような事をしてしまったのかを聞くと何も解らないと言った。
「悪い夢だ・・・忘れることだな」
立ち去ろうとしたエックスをクジャッカーが呼び止めた。
「持って行け、私には必要のない物だ」
そう言って渡されたのはエイミング・レーザーのプログラムだ。
「しかし・・・」
「私はしばらく休むことにする、ホストサーバがこの状態ではハッカー共とてどうすることも出来まい」
クジャッカーが苦笑しつつ周囲を指す。かなりの高々度プログラムで構成されていたデータベースがほぼ壊滅状態だった。
「そうだな」
こうしてエックスは現実空間に戻っていった。

九章 対決


 メモリアルホール。かつてレプリフォースが結成された記念に平和の象徴として建てられたこの建造物も今は見る影もなく閑散としている。
 兵士のいなくなった広場の中央で一人、瞑想している男がいる。カーネルだ。
 まるで誰かを待っているかのようなそのたたずまいはクーデターとはまるで無関係の者のようだ。
「・・・来たか」
近付く気配に気づき、そっと開いた視線の先には既に抜刀したゼロがいた。
 二つの影は互いの目が見えるかどうかの距離で向かい合った。

 二人の剣士が対峙しているそのとき、エックスはチェバルで市街地をメモリアルホール目指しひた走っていた。後ろにはアイリスがしがみついている。
 エックスは電脳空間から戻ると同時にアイリスに泣きつかれた。カーネルからの呼び出しでゼロがメモリアルホールへ呼び出されたというのだ。行かないで、と哀願したが聞き入れてくれるはずもなくゼロは行ってしまった。二人を止められるのはもはやあなただけだというのだった。
「早まるなよ、ゼロ・・・カーネル!!」
クーデターによるものかどうか、辺りに人影は見えない。二人を乗せたチェバルは堂々と道のど真ん中を走り抜けていった。

 「見損なったぞ、カーネル」
ぼそりとつぶやいたゼロの声はどこか寂しそうだ。
「今すぐクーデターを中止しろ」
最後の機会だ、と言いたげなゼロの言葉に対するカーネルの返答は無言の抜刀だった。
驚き、一瞬切なそうな顔を浮かべたゼロだが、すぐに鋭い眼差しになった。
「そうか・・・」
今や二人は一触即発の状態だ。
 風が吹き、公園の樹々のざわめきが二人の影を揺さぶった。二人に聞こえるのは低く鳴動するビームサーベルの発振音だけだった。
 お互いに相手の実力を熟知しているだけににらみ合いは数時間にも及んだ。永遠とも思える沈黙を破ったのはどちらであったか、ほぼ同時に二人は跳躍していた。
 がぎいいぃぃぃん・・・・
だが両者の剣は相手に届くことなく止められた。最高速で飛ばしてきたエックスによってゼロは腕を、カーネルは剣を受け止める形で押さえられていた。
「・・・ふぅ」
「・・エックス」
ゼロの言葉には少しの抗議と感謝の念があった。
「・・・・」
「退いてくれ、カーネル・・・君達の闘いは新たな悲しみを生み出すだけだ」
エックスの背後、数十メートル後方でアイリスがこちらを伺っている。その瞳には光るものがあった。
「アイリス・・・」詰まるような声でカーネルが言った。
「今回はここで退こう・・・・しかし次は容赦しない」
言い残し、足早にカーネルは去っていった。まるで妹の前にいるのが辛いかの様に。

 「ゼロ・・・お願い、兄さんと闘わないで」
カーネルが去った後、アイリスがゼロに駆け寄った。
「・・・二人が闘えばきっと・・きっと・・・・」
最後は声になっていない。エックスは困惑したが、ゼロは一点を見つめたままだ。
「・・・誰かがレプリフォースを止めなければならない・・・そこでカーネルが立ちはだかったならば闘わなければならない、私情を挟むことなど許されない」
「でも・・・・」
「帰るぞ」
冷たく言い放ちゼロは去った。
 「エックス・・・私、どうすれば・・・」
「・・・信じることだ、きっと解ってくれるさ」
「うん・・・」
アイリスの表情にほんの少し、明るさが戻った。

十章 天空の覇者


 飛行艦隊の長、S・フクロウルは先程から苛立ちを募らせていた。
「第七ポイント通過に32.5秒も遅れたというのか!この緊急事態になんたる怠慢だ!!急ぎ遅れを取り戻せ!」
部下の報告を一喝し、いらいらと指を噛む。
「・・・これだけの艦隊、ハンター共に見つからぬ訳がない・・・それだというのにこの遅れは何だ、荷を積みすぎたか・・・?」
キャプテンシートに座る彼の双眸は眼前に広がる海原を鋭い視線で睨んでいる。
 バスターを外した右手で肘掛けを叩く音がコツコツと響く。キャプテンルームには誰もいない。
「しかし・・・これが正義なのか・・・」
フクロウルの胸には小さなわだかまりがあった・・・

 大空を駈ける大艦隊は夜の海上を静かに、高速で移動していた。極地部隊への支援物資の供給のために監視の少ないルートを選びながらの飛行は時間のかかる作業だった。
 元々責任感の強いフクロウルは参謀長という役目も影響してか、もっとも確実な方法で任務を遂行しようと考えた。だが連日の疲れからか小さなミスが頻発していた。
「・・・」
瞑目し、仮眠を取っていた彼の元に通信が入った。
「艦長、未確認のイーグルが本艦隊に接近中です」
フクロウルはうっすらと目を開け、マイクにつぶやいた。
「様子を見ておけ。攻撃の意志があるなら撃墜して構わぬ」
「了解」

 オペレーターからの通信が切れ、しばらくした後艦が大きく揺らいだ。
「な・・何事だ!?」
フクロウルはシートからずり落ちそうになりつつも、マイクに向かって叫んだ。
「はっ、先程のイーグルからの攻撃で・・・と、とにかくブリッジまでおいで下さい」
オペレーターの口調からかなり動揺しているのが解った。のんびりと居眠りなどしている場合ではない。
「う、うむ」
彼は一つ咳払いをして、ブリッジへと続くリフトのスイッチを押した。

 航空母艦へ乗り込んできたイーグルは半ば体当たりする形でカタパルトに着艦した。
「・・・こりゃもう使い物になんねぇな」
大破したイーグルを眺めるのはゼロだ。既にイレギュラーと認定されたレプリフォースの輸送船団を撃沈するために奇襲作戦を決行したのだった。
「悪いな、アイリス」
機体の持ち主に詫びるゼロの周囲にはいつの間にか包囲網が出来上がっていた。上空には艦載機がひしめいている。
「プラズマキャノンまで載せてるのか・・・」
ゼロの視界にあった砲が火を噴くのが合図かのように、集中砲火が彼を襲った。

 狭い通路のあちこちからレーザー砲の一斉放火が放たれ続けている。
ゼロはそれを巧みにかわしつつ、飛行戦艦のコアを目指していた。
「死にたい奴だけかかってこい!!」
艦内を突き進む彼は、まさに鬼神の如く。その並ならぬ闘気の渦に、自我のあるレプリフォースの兵士達は近付くことすら出来なかった。意志を持たないセキュリティウェポンのみが唯一彼の行く手を拒んでいた。
「ハアッ!!」
手近の一機を叩き落とし、コアへ通じるリフトへ乗り込む。侵入者対策のためか、リフトの下は床一面が必殺のトラップになっている。
 ゼロがコアへたどり着くと、艦内放送が流れた。
『・・・勇敢なる我が兵士諸君、艦長のフクロウルだ・・・君達は良く闘ってくれた、しかし敵は予想外の力だった・・・諸君、もはや君達を規律の元に拘束する気はない。自らの意志で判断し、その生命を守ることを考えたまえ・・・』
 もはやフクロウルの放送を聞いていた者がいるかは解らなかったが、全てのセキュリティシステムがその動作を止めた。
「・・・」
ゼロは無言のまま進み、戦艦の中枢であるコアを一刀のもとに斬り捨て、爆発の衝撃で現れた通路へ進んでいった。

 梯子を上った先は、戦艦の甲板だった。一人のレプリロイドが瞑目したまま佇んでいる。「・・・英断だ、と言っておこうか」
ゼロが背中の剣を抜いた。
「私のエゴで部下を全滅させる訳にはいかぬ・・・」
フクロウルは瞑目したままつぶやいた。
「・・・退く気はない、軍人としての誇りがあるのでな」
「上等、俺もハンターとしてあんたと闘う理由が出来た」
軍師と剣士は、それぞれの技量を推し量るかのように慎重に間合いを取った。
 ・・・流石は軍の参謀長と言ったところか・・・ちっ、やりにくい・・・
ゼロの額にうっすらと汗がにじむ。
 ・・・こやつ、小僧っ子だと思えばどうしてどうして、あのカーネルに匹敵する技量の持ち主か・・・
フクロウルもまた、相手の放つ闘気に圧倒されつつあった。
 ・・・だが向こうは剣、私にはこれがある・・・
フクロウルはバスターを持つ右腕ではなく、左手の内に剣呑な武器を隠し持っていた。飛行戦艦の上でのみ使うことの出来る、大いなる刃を。
 先に仕掛けたのはゼロ、動いたのはフクロウルだった。
「喰らえぃっ!!」
突き出した左手が何かの仕掛けを動かす。
「何っ!!」
ゼロの足下に空気が集まり、急速に圧力が下がる。彼が危険を察知したのと同時に、小さな真空の渦がが三本、ゼロの身体を包み込んだ。
「ぐあっ!!」
 ばばばばっ!!
瞬間的にゼロのボディに無数の切り傷が走る。足下から煽られる衝撃で掴んでいたビームサーベルを飛ばされてしまった。
「!・・しまった!!」
 ゼロの表情が固まる。剣を取り落としたゼロをフクロウルが見逃すはずはなかった。数メートル先から弾丸のように突進してくる彼を今から避けることなど神業に等しい。おまけに剣は無い。
「もらったぁ!!」
フクロウルは至近距離で真空の刃を構え、真紅のボディめがけて叩き付けようと急停止する。だが、振り上げた腕の合間に一瞬見えた相手は恐怖や覚悟といった表情ではなかった。
 今の状況から考えてそれは自分の顔であるべきはずだった。ゼロが薄く笑っていたと気がついたときには彼の身体は見えない壁にでも弾かれたかのように高々と宙を舞っていた。
「落鳳破ね、なかなか使えるじゃねぇか」
ゼロは地面に叩き付けた右手をぶらぶらさせ、足元を見た。鋼鉄で出来た甲板がクレーター状にへこんでいる。それほどの威力だ。
「これで連発出来りゃいいんだがな」

 「う・・・」
少し呻いてフクロウルが目を開いた。途端に関節が軋むような痛みが襲ってくる。
「生きているのか、私は・・・」
赤いハンターの一撃で船室の壁に叩き付けられたところまではかすかに覚えている。だがそこからの記憶は無い。ただ、ここがキャプテンシートの上だということは解った。
「気がついたか」
声をかけてきたのはあろう事か自分を叩きのめした相手だった。
「あの程度で死なれたら困るがな」
ぼやけた視界で彼がかすかに笑った。先程の闘いで剣を失い、奥の手を繰り出すときの笑みとは違う、優しさのある笑顔だった。
「何故、助けた・・・イレギュラーと認定された者は速やかに消去するのがハンターだろう・・・お前なら、尚のこと」
 イレギュラーハンター、特に0部隊の任務に対する冷徹さはどんなレプリロイドでも知っていた。任務のためならば仲間をも容赦なく倒す、これが0部隊のハンターに対する一般の解釈だった。そんな0部隊のハンター、しかも隊長であるゼロが自分を助けたことに納得がいかなかった。
「・・・・・お前は意識がはっきりしてるんだろ?人間への攻撃もしていないし、何より自分の部下の命を最優先したじゃねぇか・・・」
ぶっきらぼうに話すゼロの口調は何故か寂しそうだった。
「好き放題暴れる奴をイレギュラーだとは言わないが、少なくとも他人を思いやれる心を持ってる奴をイレギュラーとは言いたくない・・・・・ろくに考えもしねぇでイレギュラー認定する人間も嫌いだがそれを拒みもせずに受け入れる奴等も気にいらねぇ・・・」
ゼロの言葉はレプリフォース全体に向けられていたのかもしれない。
「それはっ・・・!!」
フクロウルが否定するべく起きあがった。しかしあまりの激痛にすぐに倒れ込んでしまう。「我々はイレギュラーではない!ただ・・・・」
言葉が浮かばずに口をつぐんでしまう。後ろを向いていたゼロが振り返る。
「・・・・・・だったら、死など考えずにそれを証明するために生きるんだな・・・邪魔をした、極地部隊は放って行く、救助してもらえ」
立ち上がり、表へ出ようと扉を開けたゼロをフクロウルが呼び止めた。
「待て」
「・・・何だ?」
目を閉じたままフクロウルが向かいのロッカーを指した。
「そこに剣がある、持って行け」
言われたとおりにロッカーを開けると、桐の小箱に納められた一振りの剣があった。
ゼロはそれを手に取り、スイッチを入れた。
ヴ・・・ん・・・
吸い込まれそうに紅い刀身が低い振動音と共に現れる。今まで使ったどんな剣よりも軽く、それでいて手にぴったりとなじむ。ゼロは一目でこれを気に入った。
「本隊は明日、夜明けと共に宇宙へ飛び立つ予定だ・・・極地部隊の基地にアディオンがある、イーグルのキーで動くはずだ」
「そうか、礼を言う」
「・・・・・」
再び外へ向かったゼロが足を止め、剣を振るう。
「こいつの銘は?」
「・・・天空覇」
「いい名だ」
そして三度外へ向かい、今度は本当に飛行戦艦を後にした。
 フクロウル一人きりになったキャプテンルームに静寂が訪れる。一面白銀の世界を見るともなしに眺めていると、彼の意識とは関係無くぽつりと一声こぼれおちた。
「これで良かったのだな、イグリード・・・」
自分の言葉に自分で頷きながら聞いたそれは、今は亡き友の名だった。

十一章 疑惑


 爆発の中をライデンが駆け抜けていく。武装した輸送列車に単身乗り込んできたエックスだ。
 屋根も壁もない貨物列車の上を、群がるイレギュラーを蹴散らしながら機関部目指して突き進んでいた。だがコックピットで操縦桿を握りしめながらも彼の瞳はどこか別の場所を見ているようだった。
 数時間前、ケインの元に偵察に出ていた0部隊からの報告が入った。
『レプリフォース本隊が宇宙へ・・・?スペースポートを占拠しているじゃと?』
衛生軌道上にレプリフォースの最終兵器があることは知られていた。彼らがそれを起動させるつもりなのかは解らないが、そんな危険な兵器をイレギュラーと認定された彼らに渡すわけにはいかない。物資を運搬する輸送列車でスペースポートまで行くつもりだったが敵も然る者、最重武装の兵士達が侵入者を追い払うべく次々と襲いかかってきた。
「邪魔をするなっ!!」
ノットベレーの集団を蹴散らし、突進してきた敵ライデンを組み伏せた。ライデンでは届かない段差に来ると仕方なく降りたが、そこがちょうど機関部だった。エックスが機関室へ入ると同時に列車にブレーキがかかった。
「妙だ・・・」
完全に停止した列車を降りると、何処かの駅の構内だった。人気はなく、がらんとしている。
「こんな駅は見たことない・・・」
線路沿いにしばらく進むと突然辺りに地鳴りの様な音が響き、地面が上下に起伏していった。上下に分かれたレールがきちんと離れていることから自然現象ではない、故意にこの様に出来る仕掛けが施されていたのだ。
「軍用駅か!!」
 軍で採用されている追跡してくる敵を足止めするために地面をわざと起伏させ、それ以上進むことが出来なくなるようにするためのトラップだ。原始的だが一番効果的でもある。駅の駐在員が追っ手を撃破する事も出来るからだ。
 エックスは走り出した。もし今の列車が自分を足止めするためのダミーなら、既に本体は駅を出発したあとかもしれない。
しかし運良く本体の列車らしきものはホームに停車していた。先程とは明らかに違う荷物を積んでいる。列車はエックスが飛び乗ると同時に走り出した。
「ふぅ・・・」
ほっとしたのも束の間、どこに隠れていたのか兵士の群れが襲いかかってきた。
「待ち伏せ・・・か」
エックスは少しためらった後、右腕のバスターを振り上げた。

 襲い来る敵を蹴散らし、先頭車両の一つ後ろへ飛び乗った時だった。
エックスの視界にふと黒い影が現れた。
「何だ・・?」
影はエックスが何かを考えるより先に目の前にあったコンテナを破壊した。
いつの間にか後方の車両も切り離されている。影はゆっくりと起きあがり、ナイフを並べたような牙を見せ、笑った。
「オレの部隊にケンカを売るとは・・・いい度胸だ」
影はレプリフォースで1、2を争う猛者、S・ビストレオだった。
「今は争う気はない・・・君達もそのはずだ」
エックスは戦闘を避けるべく説得を試みた。スペースポートへ物資を運搬しているのなら、相手も無駄な損害は出したくないだろうと考えたのだが。
「まぁ先刻まではそうだったがな・・・こうも部隊に被害が出ちまっちゃあ、侵入者を見逃すわけにゃいかねぇんだよなぁ・・・」
ビストレオは言葉だけ残念そうにしていたが、その目は強い相手との戦闘に興奮を抑えきれない様子だ。
「指揮官のメンツってぇモンがあるからよォ!」
びゅっ!と凄まじい殺気がエックスの顔の横を走り抜けていった。
「!!」
エックスの背後に積んであったコンテナが砕ける。ビストレオがその鎌のような爪から真空の刃を繰り出したのだ。
「久しぶりのエモノだ・・・たっぷり可愛がってやるぜ・・・」
エックスの頬にうっすらと切り傷が走った。
「・・・仕方ない・・・」
エックスはゆっくりと構え、バスターのエネルギーチャージを開始する。どのみち暴走する列車の上、逃げ場はないのだ。

 薄暗い洞窟内に紅い閃光が閃く。ややあってその場所で小さな爆発が起こる。そんな現象が先程からずっと続いている。
「・・・ちっ、まだ圏外かよ・・・」
ゼロだ。
 かろうじて明かりが届く様な間隔で設けられた照明は長年整備もされていないような状態で明滅していた。
 ゼロはイーグルに積んであったナビゲーターを頼りに極地部隊の基地を目指していた。
レプリフォースが動き出した今となっては、フクロウルの言っていたアディオンに頼るしかない。しかし肝心のナビゲーター、通信設備の整っていない極地、しかも洞窟の中という事でその効力を発揮できずにいた。はっきりと映らない液晶板は大まかな現在地を確認する事でやっとの状態だ。
「無線も通じやしねぇ・・・」
基地の圏内ということもあってか、無線の妨害電波があちこちから発生しているようだ。
「・・・まぁ進むしかねぇか」
ゼロは再び氷の洞窟を進み出した。

 「・・・客人がお困りのようだな・・・案内して差し上げろ」
周りを氷で囲まれた部屋から野太い声が響く。
声の持ち主はたいそうな巨漢のようだ。その巨体からみれば小さすぎるモニター上のゼロを見て部下に命じていた。
「丁重におもてなしするのだ・・・おっと、これは皮肉だからな」
傍らのドラム缶をつかみ、中身を呷る。液体窒素が反応し、途端に彼の口元に白煙が立ちこめる。

 永遠に続くとも思えた氷の洞窟は突然その姿を豹変させた。
床も天井も天然の岩盤を切り崩した壁から明らかに人工的に造られた基地の壁へと変わったのだ。
「アイツが番人だった訳か・・・」
ゼロは数分前に破壊したメカニロイドを思い浮かべた。
 周りの氷塊を寄せ集めて強力な爪を作り出し、猛然と襲いかかってきたイレギュラーも、所詮彼の敵ではなかった。昇竜の如き龍炎刃の焔でその爪もろとも燃え尽きていった。
 「・・・しかしまぁ、うざったい!」
バットンボーンやメットール、ノットベレーと言った小型〜中型のレプリロイドが次々と押し寄せてくる。流石のゼロもいささか対処しきれない数だ。
「次から次へと・・・・キリがねぇ!」
ホバーガンナーの光弾攻撃を叩き落とし、一段高いところへ上ったゼロの視界が突然真っ白になった。
「んなっ・・・」
咄嗟に身をかわし、物陰に隠れる。視界が晴れ、目に入ってきたのは一瞬で凍り付いたであろうイレギュラー達だった。皆一様に時を止められたかのように微動だにしない。背筋に冷たいものが走る。
「これは・・・・」
ふと見上げると、純白の翼持つ鳥が飛び去っていくのが見えた。

 「アイスウイング・・・!」
「逃げられたのか!?」
スノーベースに驚きの声が上がる。

 周囲の物質を瞬間的に凍り付かせる機能を搭載された新型メカニロイドがこのアイスウイングだ。スノーベースで実験的に開発されていた内の一体が逃げ出してきたのだろう。
「ともかく、これで邪魔者が消えた訳だ」
氷の彫像となったレプリロイド達の横を通り過ぎ、しばらく歩くと巨大な扉がゼロの前に立ちふさがった。見るからに頑丈そうな金属の二枚扉はちょっとの力じゃ到底開きそうもない。どうした物かと辺りを見れば、通用口らしき戸があった。

 「ようこそ、我が銀白の宮殿へ」
ゼロを出迎えたのは、あまりの冷気にむせかえるような白煙の立ちこめる部屋と堂々たる体躯のレプリロイドだった。彼は慇懃に挨拶を述べると、ゆっくり立ち上がった。
「私がこのアイスベースの主、F・キバトドスだ・・・無粋な出迎えをご容赦願いたい」
丁寧な物言いではあった。だが、それ以上に凄まじい殺気を、彼の目と、工作機械のような牙が物語っている。
「・・・基地の外に補給艦が墜ちた、艦長はまだ艦内にいる・・・俺は救助の要請とアディオンの使用交渉に来ただけだ、あんたらと闘う気は無い」
静かに、だが確実に相手に届くようにゼロが言う。キバトドスの合図で数名の者が部屋を出ていった。
「報告は感謝しよう・・・しかしアディオンの使用権限は定められておる、無闇に外部の者へ貸し出すわけにはいかぬ」
白い巨漢は、相手に害意が無いと解り、いくらか落ち着いた感じになった。鋭い殺気も感じられない。
「・・・レプリフォースがクーデターを起こした、と言ってもか?」
少し躊躇い、ゼロが口に出す。途端に辺りの空気が一変した。
「・・・バカな!!」
あまり熱に強くないキバトドスの身体から蒸気が立ちこめる。補給艦の墜落には表に出して驚くことは無かったが、今は見るからに動揺している。周りの部下が一斉に戦闘態勢になる。
「・・・・ジェネラル殿が・・・・」
かつて手のつけられない程の暴れぶりで北の大地を荒らしまくっていたキバトドスは、イレギュラーとして処分されかけたところをジェネラルに拾われた。それからというもの、彼は軍人として任務に誇りを持ち、すっかり丸くなった。
わなわなと震え、蒸気が激しさを増す。部下の一人が冷却用の液体窒素を差し出すが見えていないようだ。
「・・・・・」
ゼロは彼が落ち着くのを黙って待っていた。
がっくりとうなだれるキバトドス。最も尊敬していた上官の行動に、混乱の色を隠せない様だ。だが、予感はあった。ある日を境に本部との連絡が途絶え、無線の傍受でそれらしい単語を少なからず聞いてはいたのだから。

 「・・・ハンターよ、これは俺の独り言だ・・・」
さっきまでの堂々とした雰囲気は消え、ぼそりぼそりと話し出した。
「6番バルブを開き、排水装置を起動、しかる後に1番格納庫からアディオンが搬出され、キーチェックと同時にゲートが開く」
一連の作業手順を頭に叩き込むゼロ。残された時間は僅かしかない。
「真実を、確かめてくれ」
最後の言葉は消え入りそうに弱々しいものだった。
「・・・・解った、約束しよう」

 轟音を蹴立て突き進む武装列車の先頭にエックスがいた。
全身傷だらけではあったが、大したダメージでは無いようだ。
「ストックチャージか・・・」
本部を出る前、ケインから新型バスターを渡されたのだ。バスターにチャージしたエネルギーを蓄えておき、チャージショットを連続で放つことが出来るようにしたものだった。
ビストレオの突進を紙一重でかわし、立て続けに放った光弾は相手のバランスを崩し、列車から突き落とす形で決着がついた。
 「スペースポート・・・あれか」
通常のエアポートの優に6倍はあろうかという広大な敷地―そこに煌めく無数の照明―がエックスの視野に飛び込んできた。あそこの一角でレプリフォースが飛び立つ準備をしているのだろう、彼等を宇宙へ飛び立たせることだけはなんとしても阻止せねばならない。
 エックスを乗せ、列車は物資搬入用の連絡トンネルに突入した。空気が逆巻き、息が出来なくなっても、エックスの瞳はじっと前方を見据えていた。

 海底トンネルを抜け、不気味に黒く光る海上をアディオンが疾走する。チェバルのスピードとは比較にならない速度だ、かるく音の速さを超えているだろう。
「しつこい奴等だッ!」
前方からホーネットの集団が接近してくる。先程から執拗にゼロの乗るアディオンに体当たりを仕掛けてきているのだ。無論、量産機である彼等が集団でかかってきたところでどうにかなる相手では無いのだが。
「テメェ等と遊んでるほど暇じゃねぇんだ!」
ハンドルの脇に取り付けられているトリガーを引き絞る。同時にすれ違った3機が爆炎に飲み込まれ、海中に沈んだ。更にパネルを操作し推進装置の一部を停止させる。と、機首が浮き上がり、光の尾を引きながら空中へ飛び出した。
「悪く思うなよ!」
群がるホーネットを見る見る内に引き離し、更にひた走る。東の空はうっすらと明るくなり始めている。

 「!!」
順調に走り続けるゼロに向かって数個の何かが接近してきた。
「くっ!」
すぐに回避運動に切り替えたが間に合わず、ゼロの身体は海に投げ出されてしまった。
 そんなに沖の方ではないので水面までの距離は5m程と言ったところか、すぐにでも再出発したかったが不用意に顔を出すのも危険なので、とりあえず相手の出方を待ってみる。
・・・レプリフォースか・・・・?
などと考えているところへ、再びあの気配が接近してきた。
「はッ!」
この剣は水中でもビームが拡散してしまわないようだ。集中し、斬り捨てる。と、別の方向からも同じ物が、今度は数個ずつ接近してきた。
「・・・くっ」
少し迷ったが、水面目指して飛び上がる。物体同士が衝突し、爆発を起こした。
 ざばっ、勢いよく飛び出し、すぐに身体を沈める。立ち泳ぎで辺りの様子をうかがうも、特に変わった様子は見られない。
・・・どこだ・・・どこにいる・・・・?
神経を研ぎ澄まし、気配に集中する。攻撃を仕掛けてきた本体が必ず近くにいるはずだ。
 しかし聞こえてくるのは潮の流ればかり、敵の気配など微塵も感じられなかった。
一向に新たな行動に出ない相手にしびれを切らし、ひっくり返ったアディオンに向かって泳ぎだす。と、
 ゼロの背後、水底付近で急激に何者かの気配がふくれあがり、恐るべき速さで接近してくる。ゼロは咄嗟に水中での空円舞を試みた。
「ちっ!」
空中でのような効果は発揮できなかったが、それでも相手の不意打ちをかわすのには十分だった。水上に飛び出す瞬間、何かがさっきまでゼロがいた所を通り抜けて行くのが見えた。そしてゼロが再び着水すると同時に、相手が水上へ姿を現した。
「・・・やるな」
それは奇妙な姿をしていた。独特の流線型の身体がオイルを塗ったかのようにてらてらと光っている。まるで魚のエイのような姿だ。水面に立ち、ゼロを見るその目はまさに、獲物を見つめるハンターの物だ。
「改めて名乗ろう、俺はレプリフォース海軍所属、J・スティングレンだ」
言い放ち、バスターを突きつける。
「我々の邪魔はさせん!軍の誇りに賭け、貴様を倒す!!」
東の空はもうじき太陽が顔を出そうとしていた。

十二章 それぞれの闘い


 スペースポートに夜明けが訪れる。レプリフォース先発隊のシャトルはその出発を今や遅しと待ちかまえていた。

 倉庫の一つから話し声が聞こえる。
「驚いたな、お前達がここに来てるなんて」
スペースポートに着いたエックスは、倉庫街の一角で17部隊の隊員を見つけたのだ。
「コイツの提案ですよ、従業員のフリをしたら難なく倉庫まで入り込めて」
隊員の一人がダブルの肩を叩く。
「へへへ・・・デシ」
ダブルもまんざらではないようだ。
「12分後に最初のシャトルが発射されるそうです」
コンピュータのハッキングをしていた一人が情報を引き出すことに成功したようだ。画面に次々と予定が書き出されてくる。
「俺はそのシャトルを追う、お前達は他のシャトルの出発を食い止めてくれ」
レプリフォースのいるメインの発射台は使えないが、少し小さいサブの発射台が各所に点在していた。そこに一人用の小型シャトルもあるはずだ。
 いくつかの項目を確認した後、それぞれの任務を抱え、散って行った。
「よし、俺達も急ごう・・・」
一番近い発射台でも結構な距離がある。なるべく無駄な戦闘を避けるためにも、最初の発射で忙殺されている今しかない。
「はいデシ!」

 「・・・発射まで、30・29・」
カウントダウンが始まる。辺りに警告音が響き、シャトルのメインエンジンに火が入る。
「・・・15・14・13・」
並んでいるシャトルの中で一番大きな物だ、恐らくあれにジェネラルやカーネルが乗り込んでいるのだろう。
「5・4・3・2・1・」
バーニアから白い焔が吹き出す、いよいよ発射の時だ。
「0」
凄まじい爆発と共にシャトルの機体が持ち上がり、爆煙が辺りを包み込む。シャトルは見る見る加速し、すぐに見えなくなってしまった。

 「くそっ!」
遙か彼方へ飛び去るシャトルを睨み、アディオンの機体を何とか持ち上げる。
 スティングレンはその身体を氷づけにされて海上に浮かんでいた。ゼロの正面から突っ込み、氷烈斬をまともに受けて彼の身体を包んでいた液体が凍り付いてしまったのだ。
 「動いてくれよ・・・」
祈るような気持ちでコンパネを操作し、一続きのロック解除パスワードを入力する。  「え・・と、Ilo、Vey・・めんどくせぇパスにしやがる・・Ou0、と」
イーグルのキーで動かしているので、アイリスが設定したパスワードしか受け付けてくれないのだ。本部にはゼロのアディオンもあるのだが、肝心のキーを持っていなかった。
「おっし!」
エンジンが掛かり、思わずガッツポーズをする。朝日を全身に浴びながらアディオンは再び走り出した。

 ごおっ、と小型シャトルのエンジンに火が入る。重力制御の応用で、高度数千メートルの高さから一気に大気圏へと突入していった。
 空の彼方へと消えていくシャトルに手を振るダブルは、何かいつもと違う気配が漂っていた。
「さて、と・・・邪魔な奴等を片付けるか・・・」
その声は恐ろしく低く、喉がつぶれたかのようなしゃがれ声だった。

 懸命に走るゼロの前方で無数のシャトルが飛び立って行く。既にスペースポートにあるほとんどのシャトルが飛び立ってしまっただろう。ようやくたどり着いたときには、内部に人気はなく、閑散とした状況だけが残されていた。

 倉庫街を歩くゼロの前で突然倉庫の一つから悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
扉を斬り裂き、中へと踏み込む。そこに広がっていたのは見るも無惨な光景だった。
「17部隊っ?!」
あの17部隊が全員変わり果てた姿で倒れていた。おびただしい量の循環液が床を染めている。
「何があった?エックスは?」
かろうじて生きていた一人を抱え、問いかけてみても、口を僅かに動かしただけで事切れてしまった。
「これは・・・ビーム、か?」
よくよく見れば全員同じ凶器で殺されたらしい、装甲が灼き斬られている。大型のビームサーベル、もしくは作業用の道具か。
 ゼロが17部隊の冷たくなった身体を調べていると、不意に何者かの気配が背後に現れた。ばっ、と振り返ると、思いがけない相手だった。
「・・・カーネル・・・」
ゼロの声がかすれる。最初のシャトルで宇宙へ行った物だとばかり思っていたカーネルがそこにいたのだ。
「何故・・・ここにいる?」
カーネルはゼロの問いには答えず、顎を動かして表へ出るように伝える。
「・・・お前がやったのか?」
立ち上がり、背中に手を伸ばすゼロ。緊迫した空気が流れる。
「・・・バカな、私は悲鳴を聞いて駆け付けただけだ」
とりあえず明確な答えが聞けたので腕を戻す。真実かどうかは解らないが。
「来い、最後の勝負だ」
カーネルの言う”最後の”が”最期の”に聞こえたのは気のせいだろうか、しかし何はともあれ、避けられない戦闘ではあった。

 メインの発射台に一台の小型シャトルが設置されていた。辺りには誰もいない。
「この勝負に勝った方が宇宙へ行ける・・・って訳か」
肯定も否定もせず、カーネルが剣を抜いた。ゼロもまた、天空覇のスイッチを入れる。
「手加減無用だ!本気で来いッ!!」
「望むところぉ!!」
 二人が同時に跳び、空中で交差する。一瞬の間をおいて相手が飛び出した地点へ着地した。
 カーネルが笑い、ゼロが剣を取り落とす。金属音が静寂を乱して響き渡る。
「カーネル・・てめぇ・・・」
だが倒れたのはゼロではなく、カーネルの方だった。
「許せ、ゼロ・・・闘うことを目的に造られた私には、これしか無かったのだ・・・」
カーネルを抱きかかえ、ゼロが叫ぶ。
「だからと言って・・・わざと斬られるバカがどこにいやがる!!」
やるやるやる・・・ゼロの声だけが辺りにこだまする。カーネルが自嘲的な笑みを浮かべ、話を続ける。
「将軍の真意が・・・私には、理解出来なかった・・・・」
「もういい、喋るな・・・直る物も直らなくなる・・・」
ゼロの言葉を遮り、カーネルは更に続けた。
「馬鹿な兄だったと、伝えてくれ・・・あの子を、頼む」
ゼロが頷くのを見ると、満足そうに微笑み、カーネルはその双眸を閉じた。
「・・・本当に、バカだぜ・・・この野郎・・・・」
朝の日差しが二人の身体を優しく包み込んでいた。

 きぃぃぃ・・・・ん・・・
シャトルのブースターにエネルギーが充填される。発射台の安全装置が外れ、重力制御が発動する。
「・・・今行くぜ、エックス・・・」
ゼロを乗せた機体は、最後の闘いが待つ舞台へと向かっていった。

完結編へ続く