俺的小説第一弾!「ロックマンX4」:前編

序章


 ピシャァァァン・・・近くに雷が落ちたらしい。風はやむことなく荒れ、雨が絶えず窓を打ち付けている。・・・レプリフォース最高司令官 ジェネラル邸・・・屋敷の主は謎の男と対面していた。
「・・・何が言いたい?・・・」
部屋に明かりは灯っておらず、時たま光る稲妻に影が映るのみである。
「もう一度言おう、イレギュラーハンター共は、人間の言いなりにならぬものを処分しているにすぎん。・・・危険な存在だとは思わんかね?」男は黒いローブをまとい、フードをかぶっているため口元しか確認できない。「ジェネラル、お前には力がある・・それを正しく使う気にはならんかね?」
しばらくの沈黙の後、ジェネラルが口を開いた。「お引き取り願おう・・・」
「フッ・・まあよい、いずれ気も変わるさ・・・」
男は笑いながら部屋を後にした。
「・・・イレギュラーめ・・・」
ジェネラルのつぶやきは、嵐にかき消された・・・

一章 レプリフォース


 レプリフォース陸軍演習場。昨夜までの嵐による遅れを取り戻すための特訓が行われていた。
「昨日までたっぷり休んだんだ、気合いを入れて行け!!」
兵士達に喝を飛ばしているのは、陸軍指揮官カーネルだ。若くして指揮官になったが、剣の腕にかけては右に出るものはいないと言われるほどの戦士である。
「よし、休憩!」
全体を見回して、彼は兵舎へ引き上げていった。

 この演習場には軍事設備だけでなく、緊急時の近隣住民の避難場所としての設備も整っており、過去三度にわたる事件の時も復興までの人々の生活拠点になった。
 兵舎に戻るなり彼は小さな影に呼び止められた。
「兄さ・・・カーネル指揮官、お客様がお越しです」
カーネルの妹、アイリスだ。彼女も又、レプリフォース内で働いている。
「客?」
怪訝そうなカーネルに、「そう、お客様です」彼女は笑って答えた。

 「・・・豪勢な施設だ・・軍には勿体ないな・・」
彼はそんなことを考えながら窓の外を眺めていた。庭では兵士達が訓練を続けている。通された部屋は南の壁が一面ガラス張りになっており、外のように明るい。床には歩く度に沈んでしまいそうな絨毯が敷かれ、高価そうなシャンデリアが天井に輝いている。ドアは、今時珍しい手でノブを回すやつだ。またそこは、大型レプリロイドでさえくつろげる程の広さだった。「人間専用でもここまでだな」半ば呆れながら彼はそうつぶやいた。
「客だと言うから、誰かと思えば」
誰だか解らない相手に緊張していたカーネルは、壁際で演習場を眺めるレプリロイドを一目見て力が抜けた。「珍しいな、お前が演習場に来るとは・・・なにかあったか?」
「いや、近くを通ったから面でも拝んでいくかと思ってな」
振り返ったそのレプリロイドは、真紅のボディに腰まで伸びる金髪―イレギュラーハンター第0部隊隊長、ゼロだ。
「スカイラグーンが完成したそうだな」
「あぁ、三日後に記念式典を行う」ソファーに腰掛けながらカーネルが言った。「空中都市と言うより要塞だがな、あれは」
「要塞?何か兵器でも積んでるのか?」危険な言葉に好奇心を駆られ、ゼロが聞いた。
「なんだ、知らなかったのか?空軍の母艦にもなると言ってるぞ」
「酔狂な話だ・・・お前は出ないのか?その式典とやらには」
「陸軍は関係ないしな、招待状でもくれば別の話だが・・それに俺は堅苦しいのは苦手でな・・」
「それでよく指揮官なんかになれたじゃねぇか」
「それを言うな」
ゼロのつっこみは的確だった。
 二人がとりとめもない会話をしていると、不意に、誰かがドアをノックした。
「失礼します」
入ってきたのはアイリスだった。
「どうした、何か用かアイリス?」
突然のことに、勤務中にも関わらずカーネルは兄として振る舞ってしまった。そして当然のようにアイリスも妹としてこれに応えた。
「何か用かじゃないわよ!仕事ほっぽっておしゃべりして、もう一時間よ!・・・さっき兵士の人がきて『指揮官何処にいますか?』なんて言うもんだから、接客中ですって答えたら・・・って、聞いてるの?兄さん?」
あまりの迫力だったので、カーネルばかりかゼロまでもぽかんとするしかなかった。「とにかく、伝えましたから・・・」そこまで言って、彼女は状況が解ったようだ。
「・・あ・あれ?・・す・すみません、どうもお見苦しいものを・・」
耳まで真っ赤にして照れるアイリスに、
「別にいいさ、知らない訳じゃないし・・・アイリスだろ、カーネルから色々聞いている」珍しく優しい口調でゼロが言った。
 聞いたこともない友の口調とさっきとは違う意味で赤くなった妹を見比べ、カーネルが一つ咳払いをした。「あー、解った。すぐ、行こう」
そしてアイリスも「失礼しました」とだけ言ってそそくさと部屋を後にした。
「元気があっていい娘じゃないか」何気ないゼロの言葉に、
「ありすぎるのも困る・・・・ってまだやらんぞ!」
慌てて釘を差し、カーネルも出ていった。
「まだ・・・?やる・・?何のことだ?」
真意を考えながらゼロも部屋を後にした。

 イレギュラーハンター本部。中央玄関で一人のレプリロイドがうろうろしている。
「あぁー、もう、隊長はどこいっちまったんだ!・・・・このままじゃアタリになっちまう!副隊長くじ運ないから・・・」
頭を抱えてみたり、腕を振ってみたりして落ち着きがない。と、そこへゼロが帰ってきた。
「なにやってんだ?ヒャクレッガー?」
これを聞くと、そのそわそわしていたレプリロイド、M・ヒャクレッガー(本部のバックアップデータによって修復された)は、ほっとして
「あぁ、やっと帰ってきましたか、もうすぐ会議が・・・げっ・・もう始まってる・・急いで下さい、第一会議室です!」
後半はかなり早口だったにもかかわらず、ゼロはいたってマイペースで答えた。
「会議ぃ?めんどくせぇ、誰か行ってんだろ、ばっくれちまうかな?」
ここまでくると、隊長というのが信じがたくなるが、ヒャクレッガーの一言で態度が急変した。
「Dr.ケインの召集ですが・・・」
一瞬ゼロの動きが止まり、「もっと早く言えよ、そういう事は!」そう言いながらも、走り出していた。「やーな予感がするな・・・」彼の額には冷や汗が光っていた。

 ぱしゅう・・静かな会議室に空圧式シャッターの開く音が響いた。遅刻しても堂々とした0部隊隊長に一同何もないような顔をしている。円卓の指定席にゼロが腰を下ろすと議長のDr.ケインが口を開いた。
「と、言うわけでじゃな、スカイラグーン完成記念式典の警備班は、0、14、17の各部隊に決まったのでそのつもりで。今日の会議はこれだけじゃ、ご苦労さん」
 各部隊長が会議室を去った途端にゼロが、「おうじいさん、どーいうこった?」と、隣のケインに詰め寄った。
「遅刻の代償がアタリか?そりゃあんまりだぜ」
顔は笑っていたが目は違った。その気配を感じてか否か、小さな声で、
「あのぅ、隊長、」
プロジェクターの中からゼロを呼ぶ声がした。
「俺が、ですね、そのぅ、アタリを、引いちゃったんですわ」
ためらいがちに姿を現したホログラムは、E・ホーネック(ヒャクレッガー同様、バックアップデータによって復活したが、まだボディは出来ていない)だ。
「ほほう、お前が?」ゼロはプロジェクターに向き直った。
「ハァ、」
「アタリを?」
「えぇ、まぁ、」
「成程・・・」
三秒ぐらいの沈黙の後、再びケインに詰め寄った。
「じじぃ、てめぇこういうことをくじ引きなんかで決めんじゃねえよ!」今度は明らかに怒っていた。「空中要塞だろ、7艦隊なんかが当たったらどうするつもりだったんだ!」
いつの間にか論点がずれている事に気付かずに憤るゼロを、「まぁまぁ」エックスが入ってようやく落ち着かせた。
「ところでDr.、俺達は何時入ればいいんですか?」エックスはいたって穏やかだ。
「ふむ、当日空軍のヘリが迎えに来るそうじゃ、五人ずつもいれば十分じゃろう」
「何で軍のもんを俺らが警備すんだ?」ゼロはまだ納得してないらしい。「人手なんざ有り余ってんじゃねぇのか?」
「一般客の振りが出来るからじゃろう、私服警官みたいなもんじゃな・・・何かあったときにすぐに対応できるようにじゃないか?うん」
「何故そんな事をするんでしょう、まるでイレギュラーが出ることを知っているみたいな・・・」エックスの言葉に全員はっとした。
「ふうむ、そう言われると妙じゃな」
「確かに・・何か、あるんでしょうか?」
14部隊の副隊長(隊長のドラグーンは出張中)は、いかにも不安そうだ。
「はん、面白ぇ、やってやろうじゃねぇか」
ゼロは俄然やる気になった。

 「・・・・・・めよ・・目覚めよ!!」遠くで誰かが呼んでいる・・・
・・・ほおっておいてくれ、俺は目覚めたくない・・・彼はそう思ったが、命令に背くことは出来なかった。静かに目を開くと視覚に入ってきた相手は白衣の老人―逆光のためか顔ははっきりしない―だった。そいつは彼の覚醒を確認すると一言命じた。
「はかいせよ!!」
瞬間、彼を凄まじいまでの衝撃が襲った。
「う・うわあああああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・」
彼の意識は闇に溶けた・・・

 「・・っ・・・はぁっ・・ハァ、ハァ・・くそっ、またか・・」
ゼロの目覚めは最悪だった。最近似たような夢を毎晩見、そして決まって頭痛に襲われ目が覚めるのだ。
「なんなんだ、あのじじいは」まだ鈍く痛む頭を振って、オーダールームに向かった。「召集、かかってっかな」今日はスカイラグーンの完成式典当日だった。
 「やけに賑やかだな・・」
オーダールームはいつになく騒がしかった。
「隊長!」ゼロを発見してホーネックが呼んだ。「イレギュラーです!」
「クラスは?」
プロジェクターのホーネックにゼロが訪ねる。
「Bです。ポイントは・・・あっ、たった今スカイラグーンに接触しました!」
あろうことか、これから警備する予定のものに先にイレギュラーが着いてしまったのだ。
「あいつ予知能力なんかあったか?」エックスのことだ。
「あぁ、エックス17部隊長なら先ほどスカイラグーンに入りましたが・・どうします?」
「何が?他に何かあんのか?」
エックスなら大丈夫だろうと言いたげなゼロに、ホーネックは、
「えぇ、堕ちたときの為の住民避難です」
と、こともなげに言った。
「はぁ?それこそ軍の仕事だろ」
そう言いながらもゼロは住宅街へと向かった。

二章 空中都市


 「くそ、即効性のウイルスでも撒いたみたいだな」
スカイラグーンに乗り込んだエックスたちを待っていたものは、イレギュラーと化したレプリフォースの兵士達だった。
「いちいち相手にしていたら切りがない・・・お前達はイレギュラーを探せ!」部下の一人にそう言って、エックスは走り出した。「俺はコントロールを守る!」

 「・・とは言ったものの・・どこだ制御室 は!」
案内板を見ながら来たつもりだが、どうやら迷ってしまったようだ。
「あまり複雑だと侵入者の撃退どころか住民が迷うぞ・・」
などとつぶやきながらシャッターをこじ開けると、そこには壁が無かった。いや、無くなっていた。床以外の全面が超強化プラスチックで出来ているその通路が、何か、強力なもので一撃の下に砕かれていた。
「な・何だこれは・・俺のバスターでもこんなことは・・」
あまりのことに驚きながらもその通路に入ろうとしたその時、突然あたりが暗くなった。
「こいつか・・」
エックスの頭上に巨大レプリロイド、イレギオンが飛んできたのだ。

 住宅街では各部隊のハンター達が住民の誘導にあたっていた。レプリフォースの姿もちらほら見える。そんな中をゼロは逃げ遅れがいないか一軒一軒民家を確認していた。
「・・ったく、めんどくせぇ仕事増やしやがって・・誰かいるか?・・エックスにやらせるのは惜しいな・・誰もいないな!」
ガサツ(ゼロ自身は認めていない)な確認作業を終え、対策本部に戻るとそこにはまだハンター達しか居なかった。
「軍はなにやってんだよ・・・」
ゼロのため息と同時に後ろから声がかかった。
「悪かったな」カーネルだ。「一部隊だけでは行動できないのでな・・状況は?」
「まだ解らねぇ・・あの高さじゃ無線が届かねぇしな」
上空のスカイラグーンを見つめながらゼロが答えた。
「まぁ、この辺に堕ちることは無いだろうがな」
後にその予測は見事に外れた。

 「くらえっ!」
さっきから弾は相手に当たっているが、けろりとしてまるで効果が無いようだ。また、下手に近づくとその爪で殴り飛ばされる危険性があるので近づくこともできない。
「なんてタフな奴だ・・・」
さしものエックスも疲れが見えてきた。と、イレギオンが離れ、遠くから猛スピードで突っ込んできた。
「体当たりか・・上等だ!一気にカタを付けてやる!」
叫び、エックスバスターの照準を定めイレギオンがぶつかるその刹那、
「いけぇっ!!」
気合いと共に放たれた弾は相手の眉間に激突し、弧を描いて飛んでいった。「やったか!?」相手はそのまま堕ちて行くかに見えたが、地面に激突する瞬間、口から光弾を発射した。
「何ッ!!」光弾はスカイラグーンの中心部を貫いた。「しまった!!・・くそっ!」エックスは制御室へ急いだ。

 そこには赤いレプリロイドがいた。薄く笑う彼の目は不吉な光を帯びていた。
「ここかっ!」部屋に飛び込んだエックスは目を疑った。「ドラグーン・・・!」仲間がそこにいたのだ。
「久しぶりだな・・・」彼の目の光は消えていた。「まずいぞエックス、さっきので動力を破壊された」
「くっ、どうにかならないか?市街地だけでも避けたい・・」
「俺の計算ではあと5分ももたない、お前も無理せずに脱出しろ」
妙に冷めた口調でそう言い、ドラグーンは行ってしまった。
「どうしたら・・」
その時、ゼロの声が聞こえた。
「・・クス・・エックス、聞こえるか?」
無線の届く範囲にまで高度が下がっていたのだ。
「ゼロ!動力をやられた、何処に墜とせばいい?!!」
エックスは被害を最小限に食い止める気だ。
「そのままの方向で堕とせば軍の演習場だ!舵を固定して脱出しろ!」
「解った!」
彼の言葉を信じ、エスケープユニットを使った。

 「あーあ、税金が・・勿体ねぇ」
「まったくだ」
堕ちてゆく空中都市を眺め、ゼロとカーネルがそんな会話をしているときだった。
「おい、嘘だろ?」
エックスが撃墜したはずのイレギオンが再び飛び上がり、そのままスカイラグーンに体当たりして真下に墜落させてしまったのだ。
「くそっ!!」
ゼロはすぐに動き出した。
「ばかなっ!!あの辺りは住民の避難場所だぞ!!・・おいゼロっ、何処へ行くんだ!」
「あの馬鹿をぶっ潰す!!救助は任せた!」
そう言い放ち、チェバルに乗り行ってしまった。
「馬鹿はどっちだ・・ちいっ、こうしちゃいられん」
カーネルもまた、現場へ向かった。

三章 崩壊の序曲


 好き放題ぶっ壊しやがって・・・ただじゃおかねぇ!
ゼロはチェバルの性能限界に近いスピードで走っていた。物凄い風圧で,レプリロイドでなければ耐えられないほどの早さだ。
「邪魔だぁーーッ!!」
イレギュラーウイルスに感染し、襲いかかってきたものを跳ね飛ばしながらイレギオンの巨体めざして突き進んでいくゼロの視界に、見覚えのある形がよぎった。
「・・アイリス・・?」
チェバルを急停止させ急いで確認に戻ると、それは確かに彼女だった。強い衝撃を受けたのか、体中傷だらけで気を失っていた。
「アイリス!どうした?」
彼女はゼロの声に気がつき、安堵の表情を浮かべた。
「ゼロ・・・」
すまなそうに上体を起こし立ち上がろうとしたが、「あっ・・」と、小さく呻き足を押さえて再びうずくまってしまった。
「無茶をするな・・・少し行けば救護テントがある」言いながらゼロはアイリスを抱きかかえ、チェバルに乗せた。「後は俺に任せておけ」
「・・・うん・・」
彼女は傷のせいだけではないほどに真っ赤になり、おとなしく走り去った。
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ゼロはアイリスを見送り、その姿が見えなくなったところで背中の愛剣を抜き放ち、背後に迫った巨大な影に振り向いた。
「さて・・・仕事の時間だ」

 イレギュラーハンター本部転送室。
しゅうぅぅ・・・・・ん・・・
転送機から青い光がほとばしる。光は気ままに部屋の隅々を照らしていたがやがて集まり、一人の人の姿を作り出した。
「くそっ・・・しかし、あれはまさか・・・」
エックスだ。イレギュラーを始末し損ねたことで多大な被害を出してしまったことを悔やみながらも最期にイレギオンの胸部に見えた徴を思いだし、オーダールームへ急いだ。

 「隊長、ご無事でしたか!」
エックスの姿をみとめ、部下の一人がやってきた。どうやら大した怪我も無かったようだ。部下の無事を確認するとエックスもほっとしたようだ。
「Dr.ケインは?」
「さぁ?館内放送しましょうか?」
「いや、いい」
エックスはモニターでイレギュラーの動向を確認し、そのままオーダールームを後にした。―――俺の見間違いであってくれ―――
一つの願望を胸に。

 「ビームコーティングでもしてやがるのか?!!」
ゼロは予想以上の力の相手に苦戦を強いられていた。相手はいくら斬りつけても全くと言っていいほど効果がないかのように猛然と突進してくる。
「エックスが苦戦するわけだ!!」
かつての威力は無いものの、ゼロのビームサーベルは単発でのエックスバスターとは比較にならないほどの威力だ。それがほとんど効かないのだから相手の装甲の堅さが容易に想像が付く。
「こういう図体のデカイ奴は・・・」相手の爪を間一髪かわし、高々と眼前に飛び上がった。「頭が弱点だろ!!」
ゼットセイバーをイレギオンの頭部に叩き込んだ反動で遠くに着地し、凄まじい衝撃に狂ったようにもがく相手を見やった。
「おい・・・嘘だろ・・・」
頭部を押さえたまま仰向けに倒れるイレギオンの胸部に見たことのある様な模様を見つけ、ゼロはその場に凍り付いた。

四章 クーデター


 その日、レプリフォース最高司令官、ジェネラルの演説が世界各地の主要都市に向け放映された。かねてより市民からも信頼の厚い彼の突然の演説に多くの人々はそれに聴き入った。だが・・・

 「・・・ったく、どうなってやがンだ!全く連絡がつかねぇ!!」ゼロは苛立たしく受話器を叩きつけ、シートに座り込む。「イレギュラーになりてぇのか!」
座ったと思えば立ち上がりうろうろと歩き回って落ち着きがない。
「隊長、新しい資料です・・・お気持ちは解りますが冷静になって下さい、的確な判断が出来なくなりますよ」
ホーネックがディスプレイに現れハードディスクにいくつかの資料を落とす。
「ああ、そうだな・・・」
いつものゼロならくってかかるところだが自分でイレギオンの装甲に刻印されたマーク――レプリフォースエンブレム――を確認した以上、レプリフォースの奇行を完全に否定できなかった。
 レプリロイドだけの国家・・・ジェネラルは確かにそう言った。演説放送を聞いた多くの者が突然の発言に戸惑い、不安を隠せなかった。メモリアルホールを拠点としたレプリフォースは人類に対する宣戦布告では無いとは言うものの、着実に武装を強化している。このままいけばレプリフォース全体がイレギュラーと認定されてもおかしくないだろう。
 「どういうつもりだ・・・・カーネル・・・」
彼はメモリアルホールが映るメインモニターに向かい、友の名をつぶやいた。

 整備の行き届いた都市といえど、一歩裏路地へ入ればスラム街さながらの殺伐とした通りになっている所も少なくない。そんな中で一人の少女が暴漢に襲われていた。周りに人影はない。
「へっへっへ・・・おとなしく言うこと聞いてりゃあ痛い目に遭わずに済むんだぜぇ、お嬢ちゃん・・・」
男も少女もレプリロイドだ。
「いや・・・誰か・・・」
彼女は恐怖に引きつった顔で後ずさりしている。護身用に持っていたナイフなどとうの昔に取り上げられている。そうしてついに袋小路へ追いつめられてしまった。
「いくら呼んでも誰もきやしねぇよ・・・」
男は野蛮な笑いを浮かべ少女に近づいていった。息づかいもおかしい。イレギュラーだろうか。
「ところが、正義の味方ってのは来ちゃうモンなんだよな」
不意に、男の頭上から声がした。
「な・・・なんだテメェは!!」
声の主は民家の屋根の上にいた。黄色いアーマーのレプリロイドだ。
「お約束の反応だな、それじゃあお約束の展開にしないとね」
彼はひらりと男の目の前に降り立った。よく見ればかなり小柄でまるまるとしている。とても強そうだとは言えない。
「はん、びびらせやがって・・・俺様にたてついたこと後悔させてやるぜ!!!」
叫び、男はナイフを抜いた。
「あーあー、そんなもん持って・・・まあいいや、かかってこい・・・ハンターに挑む勇気があればな」
「は・・・ハンターだと?」
その言葉を聞いた男は青くなって逃げ出した。イレギュラーでは無かったようだ。
「ふん、変態め」彼はふんぞり返って男を見送った。「大丈夫?怪我とかない?」
彼は少女に手を差し出し、立たせてやった。
「ありがとうございました・・・あの、お名前は・・・?」
彼女は照れながら彼に聞いた。
「名乗りたいのはやまやまだけどね、お約束の展開だから最後までそうしないとね」
そう言って立ち去ろうと後ろを向いた彼はそこに硬直した。
「・・・・あんた・・・何者だ・・?」
彼の背中を少女の手が貫いていたのだ。
「待っていたのよ・・・貴方のような人を・・・新米ハンターねぇ・・・ふふ、奴に近づくには格好の獲物だわ・・・」
そう言う彼女は顔といい体といい、既に原型を留めていなかった。どろどろになりながら彼の背中から体内に入り込んでいった。
「ぐ・・う・・・・・まさか・・・シグ・・・?」
彼はその場に倒れ込んだ。

 イレギュラーハンター第17精鋭部隊の隊員になるにはかなりの卓越した技術と頭脳が要求される。前回の事件で失われた隊員を補強するために新入隊員が数名呼び出されていた。
「おーい、ダブル!隊長がお呼びだ!!」
その17部隊の隊長こそ過去三度にわたる事件を解決へと導いたエックスその人だった。
「はいデシ〜」
ダブルと呼ばれたのは小柄なレプリロイドだった。
 「君がダブル?」さすがのエックスもいささか驚いたようだ。「本当に?」
新入隊員には実技試験と筆記試験の両方が課せられるが、彼はその両方ともトップで合格していた。
「本当デシ。いつもはドジばっかデシが」
自分でドジだと言うのだから世話がない。隊員達も困っていたが一番難しい顔をしていたのはエックスだった。
「う〜ん・・・まぁいいか、採用」
しばらく悩んでいたがダブルを新入隊員として採用することを決めた。
「はい!がんばりますデシ!!」
「あ・・あのな、そのデシってのどうにかならないか?」
力の抜けた様子で聞くエックスに、「無理デシ。僕のプログラムがこうなんデシ」と、さらりと言ってのけた。
「そうか・・・はは・・・後、頼んだ」
部下に言い、エックスは引き上げて行ってしまった。
「何か悪い事したデシか?」
あろうことか彼は天然だった。

五章 爆炎の武道家


 オーダールームでは依然レプリフォース対策に頭を抱えていた。
例の演説以降、市民からの問い合わせが殺到し、さらに追い打ちを掛けるような深刻な人員不足に猫の手でも借りたい位の忙しさだ。
「Dr、通信が入っています!」
回線がケインに回る。
「ほい、ケインじゃ」
「・・・ど・・イン・・・こちら・・14・・・隊・・・」
無線は調子が悪いのかノイズがあちこちに入る。かろうじて14部隊からの報告であることは解ったが。
「んー?よく聞こえんぞ?」
ケインの注文には応えず更に続けた。
「・・長・・・・ドラグ・・・裏切・・・部隊は・・壊滅・・・」
「!!!何じゃと?もう一度言ってみい!」
だが通信はそこで途切れた。誰かが強制的に切ったかのように。
「ドラグーン・・・?まさか・・・」ケインの顔は蒼白だった。「エックスを呼べ!・・・大至急な」

 ゼロはヒャクレッガーと共に倉庫で武器弾薬の整理をしていた。彼を表舞台に出すと少なからず戦闘があるとふんだケインの策だ。
「・・ったく、この忙しいときに・・・なんだって隊長の俺が・・こんな事・・・おい、上下間違えるなよ、この向きだぞ」
「はいはい、しかしどうして私たちがこんな仕事を?」
「知るか!じじいに聞け」
ぶつぶつ言いながらも彼らはきちんと整理をこなしていた。
「これで終わりか?よし、次行くぞ」
彼らが倉庫から出てくるとちょうど館内放送が入った。
「エックス17部隊長、Dr.ケインがお呼びです。至急オーダールームまでおいで下さい」
「エックスが出るのか・・・?」ゼロは少し考えた後、何故か急に張り切りだした。「よし、さっさと行くぞ」
「あ・・隊長、どうしたんです?」
ヒャクレッガーは訳も解らずにただついていった。

 ケインから事の経緯を聞いたエックスは単独で14部隊が向かったという火山へ急いだ。
「ドラグーンが裏切り?まさかな・・・」
最後に彼を見たのは部隊外では恐らく自分だろう、そのときの彼からはそんな気配は感じることは無かった。Drの聞き間違いでは無いのか?という思いはそれを見た途端に音を立てて崩れ去った。
「これは・・・・」
あまりにも酷い光景だった。14部隊の隊員がある者は胴を砕かれ、ある者は腕と脚を千切られ放り出されている。まだ息のある者のうめき声が狭い洞窟にこだまし、さながら火炎地獄のようだ。エックスは生きている者の中でまだまともな一人に駆け寄り何が起こったのかを聞いた。
「うぐ・・・隊長が・・・ドラグーンが突然・・・」よく見ればこの間の副隊長だ。「気をつけてください・・・奴は・・もう」
そこまで言って彼は息絶えた。
「一体・・・何があったんだ・・・」
 深まる疑問を抱きながら奥へ向かったエックスだが、灼熱の川とも言えるマグマの流れに足止めを食らってしまった。
向こう岸へはダッシュジャンプならば何とか届きそうだが激しく飛び交う火炎弾にためらわずにはいられなかった。下手に下へ落ちてしまえばレプリロイドの装甲などひとたまりもないだろう。何とか渡る策は無いものかとあたりを見回すと14部隊の物であろうライドアーマーが放置されていた。幸いにも鍵はついている。
「借りていくぜ、」
ふと、彼の名前も知らなかった自分に気がつき、ドラグーンをイレギュラーだと感じた自分に気がついた。
「悪い夢なら早く醒めてくれ・・・」
レプリフォースのクーデターが発生したと思えば内部の裏切り疑惑だ。平和を望む彼には悪夢のようだろう。エックスは軽く頭をふり、ライドアーマー、ライデンに乗り込んだ。

 彼は流れ落ちるマグマの中で静かに瞑想していた。いましがた部隊の部下を全滅させてきたにも関わらず落ち着いた様子だった。
「きたか・・・」
彼はゆっくりと立ち上がり、舞台へと出ていった。
「ドラグーン・・・どういうつもりだ?本気で司令部を裏切ったのか?」
ライドアーマーに乗ったままでエックスはドラグーンを問いただした。
だが彼は鼻で笑い、「だったら、どうする?」うそぶいた。
「何故だ・・・何故お前が・・・」
エックスは彼の態度に愕然としながらも、まだ何処かで彼を信じていた。
「はん、くだらんな・・・お前の使命とやらも俺を始末しに来たんだろう?部隊を壊滅させたのは確かにこの俺だ」
にやにやと邪な笑みを浮かべ、彼は言い放った。
「もう一つ教えてやろう、スカイラグーンを墜としたのも俺だ!最高の気分だったぜ!!」
 エックスは高笑いする彼に対し、こらえようのない怒りがこみ上げてくるのを感じた。ライデンの操縦桿を持つ手が震え小刻みに音を立てた。
「貴様はドラグーンじゃない・・・ただのイレギュラーだ!!」
自分自身に言い聞かせるかの様に叫び、ドラグーン目掛けて突進した。
「そうだ!怒れエックス!お前の本当の力を見せてみろ!!!」
 そうして、闘い、あるいは決闘が始まった。

 ドラグーンは強かった、かつて訓練で手合わせしたときよりも遙かに。技の切れ、スピード、威力、どれをとっても以前とは比べ物にならないほどパワーアップしていた。
「そんなものか!精鋭部隊隊長が!!」
こちらはライドアーマーに乗っており、攻撃力こそ同等だがそのスピードについていくのがやっとだった。翻弄され、ライデンの装甲もかなり痛んでいる。そこへ容赦ない連続技が次々と叩き込まれた。
「くっ・・まだまだぁ!!」
強がってはみるものの、ライドアーマーに乗っていてこの戦闘力の差だ。自分だけでこの荒ぶる龍に勝てるのか?と言う気持ちを消すことは容易ではなかった。それでも相手の肩に一撃が入ったときには内心いけるかもしれないと思った。だが、
「波動拳!!」
ドラグーンの放った火炎弾の直撃を受け、ついにライデンは動かなくなってしまった。
「くそっ・・!」
爆発から逃れようと飛び出したエックスをドラグーンの鉄拳が襲った。
「昇竜拳ッ!!!」
エックスの体は軽々と宙を舞い、崖っぷちに追いやられた。
「くぅ・・・」
苦痛に顔を歪めるエックスにゆっくりと歩み寄り、ドラグーンは静かに言った。
「失望したな・・・お前の力がこんな物だとは・・・いや、俺が強くなりすぎたのか?」
笑い、とどめの一撃を放とうとする彼の目にはっきりと別の意識を感じた。闇の奥底から必死ではい上がろうとする男の訴えが見えたような気がした。
「ドラグーン・・・?」
それを確かめようと懸命に目を凝らしたが次の瞬間には既に見えなくなってしまった。
「くらえぇぇっ!!」
彼は高熱の火炎を吐き出してきた。あまりの熱に白くかすんでさえいる炎に、ためらいのような、そんな気配を感じエックスは飛び上がった。
「目を覚ませ!ドラグーン!!お前は本当に闘いを望んでいるのか!!」
バスターを三発、彼のボディに撃ち込み、聞いた。彼は不自由な姿勢のままそれを浴び、少しよろけてエックスを見た。
「闘い・・・?俺は・・・」戸惑ったように頭を振り、何事もなかったかのように叫んだ。「望まねば闘いなどせぬ!俺は貴様を倒す!ただそれだけだ!!」そうして再び突進してきた。
「ちっ・・・」
迫り来る彼にバスターを発射しようとしたとき、突然、頭の中で声が聞こえた。
「左だ!エックス!!」
声に言われるままに左へ避けたそのとき、ドラグーンの蹴りが地面をえぐっていた。
「やるなっ!」
だがその後も声の聞こえる度にその方向へ避けるとドラグーンの攻撃はことごとく空を切った。
「ちいっ、だがこれはどうだッ!!」ドラグーンは天を仰ぎ、真っ赤に燃える火球を投げた。「くらえぇッ」
彼の雄叫びと共に火球がはじけ、さながら炎の雨のように無数の火炎弾が降り注いできた。いかにして避けようか考えたとき、またあの声が聞こえた。
「俺の背後に回れ!そこが安全地帯だ!」声の主は紛れもなくドラグーン本人だった。だが彼は今目の前で自分に攻撃をしているはずだ。「早くしろ!!」
「ドラグーン、お前なのか?」
走りながら頭の声の主に問いかけた。だが彼はそれ以上は答えてくれなかった。言われるままにドラグーンの背後に回り込むと彼の背中はがら空きだった。まるで攻撃してくれと言わんばかりに。
「撃て!エックス!!」
今度の声はは聞き逃しようも無かった。ドラグーン本人が叫んだのだから。
「俺がハンターであるうちに殺してくれ!!」
彼の声は悲痛だ。
「だが・・・」
ためらうエックスに「もう持たない・・・」技の硬直が解けたドラグーンが襲ってきた。「その甘さが命取りだッ!!」
間合いを詰め、必殺の拳を繰り出してくる。そしてまたあの声が聞こえた。「頼む!」
「くそぉッッ・・・」眼前に迫ったドラグーンに至近距離でチャージショットを放った。「受け取れぇッ!!!」
 あまりの至近距離でエネルギーが爆発したため一瞬目の前が真っ白になった。視界が晴れてくるとバスターが直撃し、繰り出した右腕を失ったドラグーンが倒れていた。
 「ドラグーン・・お前・・・」
エックスは倒れた彼に近づきそっと話しかけた。
「済まなかったな、エックス・・・」彼は少し笑い、経緯を語りだした。
「いつからかお前と闘ってみたいと思っていた・・・そうだな、ドップラー事件のあたりか・・しかし俺もお前も部隊の隊長だ、簡単にかなうはずもない・・・そんなときだ、俺の前に奴が現れたのは・・・」
「奴?・・・誰だそれは」
エックスの問いには答えずに彼は続けた。
「奴は俺に言った・・・ハンターを裏切るならば機会を、力を与えよう、と・・・俺は誘惑に勝てなかった。強化プログラムだと言われて組み込んだチップはイレギュラーウイルスだった・・・その結果がこのざまだ」
「もういい、しゃべるな・・・すぐに修理すれば助かる」
彼はエックスの差し出した腕をどかせ、なおも話し続けた。
「いや、構わないでくれ・・・部下と、巻き込んでしまった人々にせめてあの世で謝りたい・・・」ドラグーンの表情は晴れ晴れとしていた。「ありがとう・・・エックス・・・」
 穏やかな顔のまま彼は機能を停止した。
 「―――ッ!」
エックスは大地を殴りつけ、救うことの出来なかった友のために、泣いた。
何故もっと早く気づいてやれなかったのだろう、隊長という地位につき以前よりも周りに鈍感になっていた自分に怒りさえ感じた。
 やがて無線を取り、本部へ連絡を入れた。
「・・・こちらエックス・・・14部隊は火山で壊滅。M・ドラグーンはイレギュラーとの死闘の上、相打ちとなり・・・」
エックスが彼のために出来る、ただ一つのことだった。

六章 少女と戦士


 ゼロは倉庫群の間を急ぎ足で駆け抜けていった。ついさっきオーダールームへ呼び出されたのだ。
「やっと出番が来たか・・・変な任務じゃねぇだろうな」
言うまでもなく、倉庫の整理はヒャクレッガーに押しつけて、だ。
 「おう、じいさん、呼んだか?」
相変わらずの態度である。
「なにそわそわしとるんじゃい」ゼロの態度を咎めることもなく、部屋の隅を顎でしゃくった。「残念だがお前を呼んだのはアレじゃよ」
「あん?」
ケインの示した先には一人の少女がたたずんでいた。
「アイリス・・・」
それは紛れもなく彼女だ。
「さっきここに来てな・・・レプリフォースの娘じゃろう、どうしたものかと思ってな」
さすがのケインも悩んでいるらしい。ゼロは彼女の方へ歩いていった。
 「アイリス」
なるべく優しく聞こえるように言ったつもりだったが、彼女を驚かせてしまったようだ。
「ゼロ・・・」
びっくりしたような顔で振り向くと少し安心した表情になり、そして見る見るうちに泣き顔になった。
「一体どうしたんだ・・・・・って、おい」
ゼロが近づくと、彼女は突然抱きついてきた。声にこそ出していないがその肩は小刻みに震え、泣いているのが解った。オーダールームの全ての視線が集まるのを感じ、少し緊張しながらもゼロはただ彼女が落ち着くのを待った。
 彼女はやがて泣きやみ、そっと体を離すとまだ震える声で喋った。
「兄が・・レプリフォースがクーデターを起こしました。一レプリロイドとして、イレギュラーハンターにクーデターの鎮圧を要請します」
ゼロは何も答えずに彼女を見た。潤んだ瞳には違えようもない意志がのぞいている。
「いいのか?」
彼女はゼロの一言に少し迷ったようだが、「構いません」はっきりと答えた。
「解った」
ゼロは踵を返し、ケインの方へ向かった。

 「Dr.」
びっくりした様子でケインが振り向いた。
「な・・なんじゃい?」
「アイリスを俺の保護監察下に起きます」
こういったゼロの態度になれていないせいか、ケインの方が緊張気味だった。
「うむ、了解した・・・んでお前さんに任務じゃ」
いくつかのファイルをプリントアウトし、ゼロに手渡した。
「ジャングルの奥地で巨大ビーム砲らしい物が確認された・・・施設の破壊とイレギュラーの処分が任務内容じゃ」
地図に記された場所は開発禁止区域にほど近い、未開の土地だった。
「しかしのぅ・・・」
ケインはそこで口を閉ざしてしまった。
「あん?」
「足が無いんじゃよ、足が」そう言って自分の足を叩いてみせた。「生憎みんな出払っておるのでな」
「徒歩で行けってのか?ここまで」
二人はマップを眺めながら考え込んでしまった。
「あの・・・」そこへアイリスが口を挟んだ。「私の乗ってきたイーグルがありますけど・・・」
そして振り向くゼロにいたずらっぽく笑いかけた。「あれなら行けるでしょう?」

 ライドアーマーには大きく分けて戦闘用、移動用、作業用の三つの種類がある。そんな中で戦闘用としてつい最近軍で開発された空陸両用の機体がイーグルだ。動力を一新し、ブースターのエネルギーを本体と別に用意することで長距離の飛行と高速性、更にその場での浮遊―ホバリング―を可能にした。
 専用機とも言えるまでにカスタマイズされたイーグルで、ゼロとアイリスはジャングル上空を飛んでいた。アイリスの運転で、だ。
「―――――ッ!!!」
ほぼトップスピードでの飛行は、運転席にはさしたる影響はないが補助席だともろに風を受ける。ゼロの髪は飛ばされんばかりになびいている。
 そしてイーグルはある一点で静止し、そのまま自由落下に切り替わった。
「うおぅっ!」
突然身体にかかるGが変わり、思わず声が出た。
地面ぎりぎりで逆噴射をかけ、着地する。そうして完全に停止したところでゼロは大きく息をついた。
「結構なお手前で・・・」
そのため息は心底ほっとしているようだ。
「最速で行けって言ったのは誰かしら?」シートベルトを外し、鍵を掛けてアイリスが言った。「まぁ、法定速度ぎりぎりだったけどね」
「しかし・・・」ゼロは頭を押さえながらつぶやいた。「レプリフォース入隊条件がライドウェポンのドライブライセンス修得とはな・・・事務員まで戦闘に駆り出す気かよ」
しばらくすると落ち着いたのか、装備を整えだした。
「どうする?待ってるか?」
「う〜ん・・・」アイリスは少し悩んで答えた。「遊びに来たならお散歩でもする気になったけど・・・」
「足手まといになるなよ」
こうして二人はジャングルの奥へと進んでいった。

 生い茂る木々の間に巧妙に隠された基地の奥に彼はいた。領域内に侵入者を発見したとの通報を受け、その後の報告を待っていた。
―――ハンターが相手ならばあんな間に合わせの兵士達では足止めにもならんだろう・・・―――
彼の胸中は複雑だった。たとえ上官命令だとは言えかつてハンターとして生きていた頃の自分の信念が間違っているとは思えない。もしもここへ来たハンターが彼奴ならいっそ・・・
「ゼロ・・・お前なら・・・」
隻眼の蜘蛛は、かつての同僚の名をつぶやいていた。

 ゼロ達二人は巨大な滝の前で立ち往生していた。マップに記された地点へはこの大河を越えないとたどり着くことは出来ない。だが滝を回り込もうにも足場が無く、ダッシュジャンプをしたとしても届くような距離ではなかった。
「弱ったな・・・」さすがのゼロもこれにはいささか参っていた。「俺にこのパーツは使えねぇしな」
ゼロの手には一つのディスクがあった。――フットパーツ強化ルーチン――エックスのパワーアップパーツのデータが入っていると思われるディスクだ。
「ねぇ、あれなんて使えないかしら?」
アイリスが指したのは、滝の上から流れ落ちてくる流木だ。嵐のせいか結構な数が落ちてくる。その流木を足場にして向こう岸へ渡れないものかというのだ。
「やって出来なくはないだろうが・・・お前はどうするんだ?まさか俺と同じような動きは出来ないだろう」
「さぁ?どうかしら?」
不適に笑うアイリスの顔は余裕に満ちていた。
「カーネルの気持ちが分かる気がするぜ・・・」
ゼロは小さく言ってからタイミングを取りだした。

 大した敵も現れず、明らかに人工的に造られた扉の前にたどり着いた頃にはもう、アイリスが何を言い出しても驚かなくなっていた。
「ここか・・・」
扉の前に来ると、アイリスはてきぱきとモバイルコンピュータから情報を引き出していた。「えーと、管理責任者、W・スパイダス。ゲリラ部隊長で・・・ハンターだったんだ」
「スパイダス?元ハンター?」
ゼロはその名を知っていた。かつて第0部隊が結成されたときの初期メンバーとして共に戦闘に出た事があったのだから。そして自分は隊長となり、同期の者は軍や警備会社へと転向していった。彼はそんな、軍へと行った者の一人だった。
「皮肉なもんだ・・・」
扉を開け中に入る。そんな一連の動作がひどくけだるい事のように思えた。部屋の奥のモニターには例のビーム砲らしい物が映っている。そしてその前に、一人のレプリロイドが宙づりになっていた。
「何年ぶりだ?スパイダス」
先に口を開いたのはゼロだ。手を腰に当て、ただ旧友との再会を懐かしんでる様にも見える。
「運命とは皮肉な巡り合わせをもたらすものだな、ゼロ」
細いビームで宙づりになったままスパイダスが言った。少し甲高い声色だ。
「ワシは自分のやっていることが正しいとは思えぬ・・・この兵器を開発しろとは命令されたが護れとは言われてない、破壊したければ好きにしてくれ」
部屋の奥のハッチが開き、建設中の砲台が現れた。
「他のハンターが来たならあっさりと死ぬ気にはなれなかったが・・・お前に斬られるなら悔いはない、いっそばっさりとやってくれ」
そうして彼はビームの糸を切り地面に降りた。樹上からの攻撃を得意とする彼にとって、その行為はまさに自殺行為と言ってもおかしくなかった。
「ふん、お前にそう言われてハイそうですかと斬れるか」
変わらない姿勢のままゼロが言った。だがその目は油断無く相手を見据えている。
「剣のエネルギーがもったいねぇ」
アイリスがほぼ無限のエネルギーだって自慢してたくせに、とつっこんだが無視して続けた。
「お前がそう思ってんなら別にイレギュラーでも何でもねぇだろ、俺の任務はイレギュラーの処分と兵器の破壊だ」
この言葉を受け、少し考えた後スパイダスは言った。
「・・・そうか・・・また、助けられたな」
「忘れんなよ」
すっかりかつての気分を取り戻した二人は、昔話に花を咲かせ始めた。
 そんな二人を見つめ、ふと視線をずらしたアイリスの視界で、何かが光ったような気がした。
「・・・何かしら?」
目を凝らすと、例の兵器の砲身から光がこぼれている。しかもその先端はこちらに向けられていた。
「!!ゼロ!!!」
アイリスが叫ぶのと同時にビームが発射された。
「ちいっ!!」
未完成の兵器はゼロの一太刀で粉砕したが、既に後の祭りだった。光の柱はちょうど、宙づりになったスパイダスの胸部を貫いていたのだ。
「ゼ・・・・ロ・・」
彼は衝撃で地面に落ち、何かを伝えようと必死にもがいた。
「何だ!?」
「バ・・・イオ・・・ラボ・・かん・・し・・」
「監視?どういうことだ?」
ゼロは彼の放った思いがけない言葉に混乱しそうだった。
「お前に・・・会えて・・・よかっ・・」
彼は最後の力を振り絞ってそう言い、こときれた。
「スパイダス・・・」
ゼロはもの言わぬ彼をそっとおろし、かぶりを振った。
「どうして・・まだ未完成だったのに」
アイリスがコンピュータを調べる。ほとんど空のハードディスクからは何も検出されなかったが。
「アイリス、近くの建造物データ出せるか?」
「え?うん」
アイリスの引き出したマップには見覚えのない建造物が映し出されていた。
「第一バイオラボラトリー・・・植物とメカニロイドの融合を目的に造られたみたいだけど・・数十年前に閉鎖されてるわ」
「南西に10キロ・・・監視塔にはもってこいって訳か」
倒れた友に花を一つ手向け、戦士は森を後にした。

七章 予感


 17部隊のオフィスでダブルは先輩ハンター達に質問の嵐を浴びさせていた。
「それはそうと、どうして隊長さんだけ出撃したんデシか?」
「まぁ、なんだな、いくら精鋭部隊って言ってもだな、隊長のような特Aハンターがざらにいる訳じゃないし・・・カウンターハンターとかいうのに半数以上やられちまったのもあるがな、ようは人手不足なんだよ。お前が入れたのもそのためじゃねぇか?」
確かに、彼を始めオフィス内の隊員達はB級ハンターによくある似通った顔をしていた。
「そんなことよりほれ、終わったのか?残業になるぞ」
「は・・ハイデシ!」
オフィスには再びキーボードを打つ音だけが静かに響きだした。

 廃棄されたはずの科学研究施設だったが内部のエネルギーは生きており、実験用の機械などが半ば暴走気味に動き回っていた。
 入り口から延々と螺旋状に延びる階段を、ゼロとアイリスは慎重に進んでいった。
「ちっ・・・まるでイレギュラーの巣窟だな」
 スパイキーMk−?U、ガーディアン、フライガンナーなどが侵入者に対し襲いかかってきたが、いずれも熟練した剣士の敵ではなかった。
「はぁっ!!」
赤いシールドで攻防一体の攻撃を仕掛けてくるデスガーディアンを装甲の弱い背中から唐竹割にしてから一息ついた。
「・・ったく、ほとんど完全に機能してるじゃねぇか」
通路上の転送機にしろ、侵入者撃退のトラップにしろ、主要な設備がほぼ完全な状態で機能していた。唯一、内部の明かりが暗い程度で。
「おかしいわね・・・」コンピュータとにらみ合っていたアイリスが口を開いた。
「施設のことか?」
「ううん、それもあるけど・・・最上階がスキャンできないのよ。なにか、特別なフィールドに包まれてるみたい」
「はっ、そこに居ますよって言ってるようなもんじゃねぇか」
 折良く、最上階に通じているであろう運搬用の大型エレベーターがすぐ近くにあった。
「礼儀ってもんを解らせてやる!」
と、剣の柄を握りしめた右腕に小さな衝撃を覚えた。
「・・?ん・・」だがそれはすぐに消えてしまった。「気のせいか・・」
「嫌な気配がするわ・・・用心した方がいいかも・・・」
護身用のビーム・ガンを両手で握り、アイリスがつぶやいた。

 最上階の一室で、何者かがゼロとアイリスが映るモニターをのぞいている。
「きゃはは・・・バカだよねぇ、敵討ちだって・・・ほっとけばいいのに」
そのレプリロイドは風変わりな格好をしていた。そう、キノコのようなボディに手足が生えている様な姿だ。
「まぁいいや、ボクもヒマだったとこだし・・・少し遊んであげよっと」
そう言い残し、それは部屋を出ていった。ちょうどゼロ達がエレベーターから降りたところで。

 「出てこい!ここにいることは解っている!!」
最上階のホールにゼロの声が響き渡る。抜き身の剣を構え、油断無く辺りを見回す。
「ゼロ!上」
レーダー代わりのディスプレイを見ていたアイリスがホールの天井を指した。それと同時に何かが落ちてきた。
「あれは・・・」急いでレプリロイドの検索をする。「S・マシュラーム・・・嘘・・廃棄されたはずよ」
「へぇ、よく知ってるねぇ」
マシュラームはアイリスの言葉を聞くと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「でもボクはこうして生きてるんだよねぇ・・・ビックリしたでしょう?」
「ならばここで破壊するまでだ!」
マシュラームの言葉を遮り、ゼロが斬りかかった。だが彼はそれを余裕でかわし、部屋の奥に着地すると頭から煙を噴いた。
「ふうん・・・やる気なんだ。でもボク、弱い友達はいらないんだよね」
「ぬかせっ!!」
今度はダッシュからの攻撃だ。横様に薙いだ剣は確実に相手を切り裂いたかに見えた。だが剣を持つ腕には何の抵抗も感じられない。しかも思いもしない方向から殺気が迫ってきた。
「くそっ・・」
不自由な体勢からかろうじて攻撃をかわし、とっさに距離をとった。
「何なんだ、今のは」
相手は飄々とした顔でこちらを眺めている。
「分身よ・・・残像とは違う。実体も見えるし、影だってきちんと持っているわ・・・何より恐ろしいのは分身にも意志がある事ね」
 アイリスの説明で考えた解決策が全て無駄だということが解った。
「ちっ・・・」
 自分より一回りも小さな相手に戦慄を覚え、剣を握る手にいやがおうにも力がはいる。と、
「ん・・また・・」
今度は見逃しようもないほどにはっきりと手に衝撃が走った。ボディの破損からくるものではない、未知の力だった。
「スパイダス・・・?」友の能力に似たエネルギーが自分の身体を通し、剣に集まるのが感じられた。
 「そっちから来ないならこっちから行くよ!!」
剣を構えたまま動かないゼロに業を煮やし、マシュラームが仕掛けてきた。
「とぉー!」
ジャンプして空中で分裂する。二人になったマシュラームは前後から体当たりをしてきた。ゼロはその場で飛び上がり、近くの一体を斬った。
「ちっ、分身か!」
だが斬りつけた相手に手応えはなく、アイリスの近くに立ったのが本体だった。
「くっ」
アイリスがビーム・ガンを連射した。
「そんなおもちゃ、効かないよーだ!」
 マシュラームがアイリスに攻撃をしようとしているのがひどくゆっくりとした映像で飛び込んできた。だがここから走っていったのでは間に合わない、彼女を守ろうと伸ばした剣は僅かに相手には届かなかった。
「!!」
だがマシュラームはアイリスに突撃する直前で止まり、大きく飛び上がって壁に張り付いた。
「・・・・・・」
爬虫類の様な光彩でアイリスを睨み、彼女に駆け寄るゼロを眺めた。
「アイリス、無事か?」
彼女は完全防御の姿勢を解き、不思議そうな顔でゼロを見つめた。
「何で逃げたのかしら・・・?」
つぶやき、マシュラームを見上げたその瞳に、幾重にも重なった影が映った。虹色に輝くそれは先程の分身よりは容易に見分けがつくが、圧倒的な数でこちらに迫ってくる。
「くそっ!」
ゼロは紙一重でその一つをかわし、続く一体を軽く受け流した。
「きりがないわ!」
迫る分身を片っ端から撃ち落としながらアイリスが叫ぶ。なかなかの射撃テクニックだ。
 ようやく片づいた頃には壁にマシュラームの姿は無かった。
「今度は外さないよー!」
声と同時に現れたときには再び二体になっていた。今度はゼロ達を挟む格好で部屋の端に立っている。
「ちっ・・・」
ゼロは剣を構えたままその場に立ちつくしていた。下手に動けば格好の的となるのは明白だし、この場でかわしたところで先程の様なことにならないとも限らない。一番有効なのはぎりぎりまで引きつけてから二体同時に斬ることだが、それもタイミングがシビアだ。
・・・どうする・・・スパイダス・・・
 頭の中で友の名を呼ぶのと同時にマシュラームが得意の体当たりを仕掛けてきた。
「とぉー!!!」
絶体絶命の状態でふと、あの衝撃のことが脳裏をよぎった。友の能力によく似た力―電撃―の衝撃が。
「一か八か・・・」
既にマシュラームは眼前にまで迫っている。ここで動かなければやられる・・・そう思った瞬間、ゼロは叫んでいた。
「伏せろ!アイリス!!」
叫ぶと同時に彼は一度背中に剣を納めた。その様子を見たマシュラームが笑みを浮かべたように見えたが、回転しているため表情まではつかめない。そして次の瞬間・・・
「ラぁぁい神・・・」
再び抜いた剣で前から迫る一体を斬り捨て、振り返りざまにもう一体を串刺しにした。
「撃ィ!!!!」

 剣の姿なす白い雷がマシュラームの眉間を貫き、勝利の笑みを浮かべたまま彼は機能を停止していた。
「・・・やったぜ・・・スパイダス・・・」
肩で大きく息をし、亡き友の名をつぶやくゼロの表情は晴れ晴れとしていた。
「でもどうして生きていたのかしら?誰かがかくまっていたとしか思えない・・・」
光を失ったイレギュラーの目を瞑らせ、追悼の仕草をしながらアイリスが言った。
「・・・・・まさか、な・・・」
ゼロは一つの考えを否定するように頭を振り、メインコンピュ−ターの電源を落とした。途端に部屋に闇が押し寄せる。
「もうこんな時刻か・・・」
ガラス張りの天井からのぞく空には巨大な満月が輝いていた・・・彼の行く末を嘲笑うかのように。

後編へ続く