MA”D”ASH2 古代文明の象徴、ヘブン。恐るべき力を秘めたこの人工の星も今やシステムの大半が停止しており、動くものはほとんど見えない。 ロックマントリッガーこと、ロック・ヴォルナットは二人のマザー(ユーナ、セラ)と共に、地球からの迎えを信じて毎日を過ごしていた。 僅かに残った生活施設に3人で暮らすのはいささか窮屈ではあったが、不安定な外よりはまだ大分マシだった。 中の一室でセラが眠っている。 「どう?セラ?」 ユーナがマチルダの声で話しかける。傍らではロックが不安そうな顔つきで控えている。 ゆっくりと目を開け、セラが口を開いた。 「・・・大丈夫、私の身体だ・・・」 起きあがり、自分の身体を見回すセラ。ロックの表情がほっと和む。 「よかったぁ・・・結構痛んでたからね、直ったかどうか心配だったんだ」 マザーエリアに放置してきたセラの端末をロックが持ち帰り、ユーナがそれを修理したのだ。 「とにかく・・・これであの子にお母さん返してあげられるわね、トリッガー」 ユーナが片目を瞑る。目顔で頷き、ロックも応える。 「いつになるかは、解りませんけどね」 まぁね、と小さく笑い、ユーナ本体の端末を抱えて立ち上がる。 「さてと、私も戻るとしますか」 「そのデコイはどうするのだ?」 ベッドの上でセラが訊く。まだ完璧ではないようだ。 「そうねぇ、とりあえず迎えが来るまで眠らせておくわ」 じゃあね、と言って扉を開けたユーナ。部屋を一歩出て振り返る。 「トリッガーに変なことしちゃダメよ〜」 セラの顔が朱に染まる。 「ば・・・バカを言うな!」 「あら、セラちゃんのそんな顔初めて見たわ」 どぎまぎするロックを後目に、二人のやりとりが続く。 「大体何でそんな考えになるのだ、お前は」 「フフ、別に隠さなくてもいいのに・・・じゃあね」 くすくす笑いながら出てゆくユーナ。セラは真っ赤になってベッドに突っ伏した。 ロックはただ訳も解らずにおろおろするだけだった。かける言葉も見あたらないのでとりあえずそっとしておくことにして、部屋を出た。 その夜、ロックが一人で食事をしていた所へセラが起きてきた。 「・・・まだ戻って来ないのか?」 「えぇ」 食器の音だけが異様にくっきりと聞こえる。 「食物の摂取、か・・・何もここでエネルギーが不足する事はないだろうに」 ロックの向かいに座り、セラがつぶやく。確かに、常にエネルギーが供給されるここでの食事など形式上の物でしかない。 「それでも、習慣ですから・・・」 人間としての生活が続いた今のロックには、これだけが地上の家族との唯一の接点だと感じていた。 「・・・そなたはマスターとの生活が長かったから、余計か」 「そうですね・・・」 セラはどこか寂しそうだったが、実際のところマスターと過ごした時の記憶がはっきりしているわけではない、自分はまだロックなのだ。 しばらくした後、ロックが口を開いた。 「・・・さっきユーナ様は何を言いたかったんでしょう?」 ぽっ、とセラの顔に赤みが差す。 「そ、それは・・・だな・・・」 うつむきくセラ。しかしロックの真剣な眼差しを見ると、隠そうとする気持ちなどきれいに飛んで行ってしまった。それと同時に、ロックのトリッガーとしての記憶が失われた事に対する寂しさも浮かんできた。 「・・・本当に、何も覚えていないのだな」 ロックとして初めて彼女と会ったときからは想像できないような貌で、セラが笑った。 「ジジが居なければ、もっと話が出来たのにな」 「え・・?それ・・って・・」 ガガがユーナを護っていたように、ジジはセラを護る役目を負っていた。しかし、ガガのユーナとの接し方とジジのセラに対するそれは明らかに違う物だった。両者の性格もあったのだろうが。 「彼奴は私に忠実だったが、私以上にシステムに忠実な奴だったからな・・・もちろん、彼を責める訳ではない、私に勇気が足りなかっただけのことだ」 彼女は静かに語った。システムへの忠誠と本心との間での葛藤。マスターに対する淡い想い、そして・・・ 「正直、そなたが羨ましかった・・・憎かったと言っても過言ではないな」 「・・・・・・」 それはそうだろう、密かに想いを寄せていた人が突然見ず知らずの者を側へおくようになったのだから。 「一等粛清官?だからと言ってマスターの側に居るなんて事は許せなかった・・・」 淡々と語る口調は、その時の心を如実に現している様だ。 「・・・だが、違った・・・トリッガー、そなたは・・・優しすぎた・・・」 曰く言い難い目線で見つめてくるセラ。今はマザーとしての風格など見えない、初めて本当の恋を知った少女が、そこにいた。 「それだけは記憶を失った今でも、変わっていない」 「セラ様・・・」 気が付くと、セラと自分の距離が手を挙げるだけで触れることの出来そうなまでに近付いている。 「私の心がマスターからそなたへと向くのに、時間など無いに等しかった・・・だからこそ、マスターの事ばかり優先するそなたに辛く当たったのかも知れないな」 「何故・・・そんな事を・・?」 僅かな記憶しかない今の自分には当時の状況が上手く理解できなかった。ただ、セラの中に自分への想いが明確に存在する、ということは解ったが。 「システムが崩壊してマスターも亡き今、私達の存在など在って無いような物・・・」 ゆっくりと、セラが更に距離を縮めてくる。首を伸ばせばくちづけが出来そうな位にお互いの顔が近付く。 「だから、そなたに冷え切った私の心と体を暖めて欲しい・・・」 体型から見れば彼女はまだまだ子供だった。しかし、そのめまいを起こしそうになるほどの強烈な色香は、まさに永きに渡って世界に君臨してきた者のそれだ。求められれば従わずにはいられない、有無を言わせない力がある。 「・・・セラ、様・・・」 ごくり、と、ロックの喉が鳴る。手の内が汗で湿る、明らかに動揺しているのが自分でも解った。 セラが目を閉じながらその唇を寄せてきた。彼女の腕も、足も、ロックには触れていないというのに逃れることが出来ない。見えない力によってその場に固定されているかの様だ。 微動だにしないロックの口に、セラの唇が優しく触れる。 瞬間、彼女の心―なまじ権力が有るからこその孤独―がロックの中へ伝わってきた。そして、それを癒そうとするロックへの愛情も。 いつの間にか自分の身体は床の上に横たわっていた。胸の上にはセラの頭が見える。 「トリッガー・・・・」 つぶやき、ロックの胸へ顔を埋めるセラ。幼い子供がその親によりすがるように。 システム上に創られたとは言え、彼女の身体は暖かかった。数日前までの冷酷なイメージが嘘のようだ。その彼女がシステムを放棄した様に、全てを受け入れる覚悟でロックがセラに言った。 「・・・僕が、貴女の力になれるなら・・・」 びっくりしたように顔を上げるセラ。マスターはもとより、ユーナも、恐らくジジでさえ見たことが無かっただろう、複雑な表情だった。ただそれが、嬉しさやそう言った物を現していることだけは、読みとることが出来た。 それからのことは良く覚えていない。多分、あの時ロールやトロンとしたような事になったのだろう。 ・・・トリッガーは、こんな節操のないやつだったのかな・・・ 記憶が無いことを棚に上げるわけではないが、そう考えるとデータの女好きもうなずけるような気がする。 ・・・それとも本当に・・・・? 何はともあれ、今の自分に何かを深く考える事など出来そうにない。 ・・・後悔なんて後ですればいい・・・今は、もう・・・・・・ ロックの意識は闇へと溶けた・・・・・・ To be continued...
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