裏DASH PART2 ロック・ヴォルナットは一人、商店街をぶらぶらしていた。Tシャツにジーンズといった、ごくくだけた格好である。 辺りは夜の帳が降りようとしていたが、彼は別段急いだ様子もなく、グッズマーケットのショーウインドウを覗いたり鮮魚店の店員が張り上げる威勢のいいかけ声を聞くともなく聞いていた。 「何か食べようかな・・・?」 ふと通りがかった食堂の香ばしい匂いに誘われるようにして、ロックは店に入っていった。 食事時ではあったが、まだそれほど込み入った様子もなく、そこそこ席も空いている。彼はカウンター席に腰を掛けると壁一面に張り巡らされたメニューを見やった。どのメニューも等しく魅力的だったが、とりあえずお勧めの定食を頼んだ。 「お兄ちゃん、一人?」 不意に隣の客が声をかけてきた。40代くらいの、いかにも常連といったくつろいだ様子である。 「ええ、まぁ」 「なに、あれかい、ディグアウターってやつかい?」 「はぁ、そうですけど」 男は出されたビールをうまそうに飲むとまたもや話を始めた。 「まぁ、なんだな、夢を追いかけるのも悪かぁねぇが、ほれ、いろんな事を経験した方がいいぜ・・・特に、若いうちはな・・・おやじ〜、もう一杯!」 ・・・経験ねぇ・・・ ロックの脳裏にあの日のことが浮かんだ――甘い、愛の記憶が。 「はぁ、」 「んな気の抜けたような返事はやめねぇか・・・もっとビシッ!としてなきゃな、男なんだからな!」 そう、男だった。自分の性をあれほど実感したのは初めてのことだっただろう。 あの日を境にロールとの関係がどうこういったことは無かったが、やはり時々は意識してしまうのか、意味もなく緊張することがあった。 そんな思いも、出された料理をつついている内に自然と消えていった。 「さてと・・・そろそろ行くか」 食後のお茶を飲み干し立ち上がると、テレビに夢中だったさっきの男がまた話しかけてきた。 「兄ちゃん、何事も経験だぜ、経験。俺みたいになりたくなかったらな」 かなり酒が入っているのに、その言葉だけはいやにはっきりとしていた。何かを予言するかのように。 外に出ると冷たい空気が火照った顔に気持ちよかった。人混みを避けるために入った路地裏は明かりも少なく、物思いに耽るにはちょうど良かった。 「・・・意識しすぎだな」 食堂の男の言葉が妙に引っかかる。ロックは自分に言い聞かせるように頭を振った。 「帰るか・・・」 とは言っても現在この島にフラッター号はいない。三日ほど前からバレル達の用事で違う島に行っており、遺跡の下調べに自分だけ残ったのだ。野宿には慣れていたがかなりの都市なのでホテルに泊まることにした。もちろん宿泊のみの料金で。 ホテルのロビーで数人の子供達が騒いでいた。そのこと自体は別にどうでもいいことだったが、彼らには見覚えがあった。 「あ〜、まってよ〜1ご〜う」 「早くおいでよ、おいてっちゃうぞー」 空賊ボーン一家のコブン達だ。売店で何か買ってきたのか、両手に荷物を抱えている。 「ひぃ〜、トロンさまにおこられるぅ〜」 などとわめきながらエレベーターに乗っていった。 ・・・奇遇なもんだな・・・ 彼らが自分に気づいたかどうか解らないが、少なくともこのホテルにいることは間違いない。何のためにここにいるのかは想像できないが、それを知る気もなかったし、なによりトロンには会いたくなかった。以前から態度で自分に好意を抱いているのが解っていたから、余計に。 部屋は3階にあった。一つしかないエレベーターはコブン達が乗って行ってしまったので、階段で上っていくことにした。 廊下の角を曲がるとまたしても黄色い影が視界に入った。 ・・・偶然とは恐ろしい・・・ あろう事か彼らは自分の部屋の隣に入っていった。部屋で待つデータが妙なことをしてなければいいが・・・コブン達が扉を閉めるのを確認してからロックは部屋に入った。 「おかえりー、ロックぅ」 奥からデータが声をかけてきた。だがそのほかにも誰かいる気配がする。 「何だよ、これ」 奥の部屋ではデータと数人のコブンがパーティーよろしく騒いでいた。 ロックの姿を見るなり、コブン達が「青い人だー」「本物だー」「うわー」などと口々に騒ぎ出した。 「いやー、隣に来てたんだよ、この人達」データが言い訳めいたことを話した。「ん?どしたの?」 人の気も知らないで。なんて事を思ったが彼らは別に悪くない。出来るだけ穏便に聞こえるようにロックが口を開いた。 「他に部屋、あるの?」 「え〜っと、前のツインと隣のダブルを借りてますぅ」 「ツインにはティーゼルさま達と、他のコブン達がいますよぉ」 「僕たちはみんなダブルなの」 部屋を移動してくれるように頼むと、彼らは素直に出ていった。 「ロックはどうする〜?」 コブン達を見送った後でデータが聞いてきた。 「僕はいいよ・・・疲れてるんだ、一人にしてくれ」 「ふーん」 そう言い残すと彼もまた、隣の部屋に行ってしまった。 「どうかしている・・・」 ロックはベッドに倒れ込むと、そのまま眠りについてしまった。 目を覚ますとまだ部屋の中は暗かった。隣からはまだ景気のいい声が聞こえる。 意識がはっきりしてくると、すぐ隣に人のいる気配を感じた。ガバッと飛び起きると、相手も気がついたようだ。闇に目が慣れてくるとそれが自分と同じくらいの人間、それも女性であることが解った。 「ロールちゃん?・・・いや、でも」 ロックの声を聞くと、相手も口を開いた。 「ゴメン・・・ビックリしたよね」 声の主はロックが一番逢いたくなかった相手――トロン・ボーン――だった。 「な・・・?ん?どうしてここに?」 ロックは訳が解らなくなりそうだった。相手がいるのは知っていたが相手は自分がここにいることは知らないはずなのに。あのコブン達がわざわざ知らせに行くとも思えない、だが、 「あのコ達から聞いたの、貴方がここにいるって」 あまりにうるさかったので、コブン達の騒ぎを見に行ったときに聞いたというのだ。 「こんな時じゃないとまともに話なんて出来ないって思ったから」 二人ともうつむいたまま時間だけが過ぎていった。 沈黙に耐えかね、ロックが口を開いた。 「電気、点ける?」 「いい・・・顔を見たら何も出来なくなると思うから」 このため立ち上がりかけたのをまた座り直した。部屋に再び静寂が訪れる。 「好きだったの、初めて逢った時から」今度はトロンが話し始めた。「眠れない夜もあったの・・・」 「・・・」 ロックは限りなくあの日の状況に近いものを感じ取っていた。 「いつも心に決めていたの、今度こそ、告白しよう!って・・・でもダメね、いざ顔を見ると何も考えられなくなっちゃう」 話しながら彼女はロックの胸にすがりよってきた。 「貴方とこうしていられるなんて嘘みたい・・・」 ロックはその場から動けなかった。罪悪感とかそういったものが理性を繋ぎ止めてはいたが、ムラムラとわき上がる衝動を押さえることで精一杯だった。 ・・・ダメだ!ここで負けたらロールちゃんはどうなる!!・・・ 必死で欲望と闘っていたが、所詮無駄なあがきだった。既に愛の悦びを知ってしまった今、トロンの熱い視線と甘く濡れたささやき、そしてそっと唇を重ねてきた時の何かを求めるような気配を感じたとき、全てどうでもよくなってしまった。 「・・・ッ!!!」 気がつくとロックは両腕で彼女を支え、自らその唇を吸っていた。潤んだ瞳がすぐ近くに見える――やがて彼女の口腔内に舌を入れた。彼女は少し驚いたような表情を見せたが、すぐにそれを受け入れ、二人の舌は熱く絡みあった。 恍惚とした目でトロンはされるがままになっている。ロックの腕がトロンの腰から脚、腹を伝ってやわらかなふくらみに達した。 彼女の胸の鼓動を確かめるようにそっと押された手を掴み、たしなめるような、恥じらうような顔でトロンが躰を離した。無言のまま着衣を脱ぎ、ベッドに仰向けになった。 もはやロックに何かを考えるゆとりなど無い、誘われるままに彼女の中に侵入していった。 濡れた声と荒い息づかいが暗い部屋に響く。二人の影が妖しく踊った。 三時間程経っただろうか、さっきまで遠くに聞こえていた隣の歓声が妙にくっきりと聞こえてきた。 仰向けのままロックは何処か遠くを見つめていた。 かなりの脱力感に思考回路が鈍っているのか、今日の出来事が大した問題ではないような思いにとらわれていた。だが、時が経てばきっと・・・そう思うと隣のバカ騒ぎが急にうらやましくなった。 たびたび起こる爆笑を聞きながら、ロックの意識は遠のいていった。 翌朝、ロック達はティーゼルと数人のコブン、トロンと共にホテルのレストランにいた。どうせなら一緒に朝食を、といったティーゼルの提案である。 「や〜、しかしいい飲みっぷりだったぜ、あんた」 どうやら昨晩の宴会でデータが酒を持ち出したらしい。ティーゼルと一緒に飲み明かしたようだ。 「うきぃ〜、ききっ(兄貴もやるねぇ、見直したぜ)」 「わはは、そうかい?」 上機嫌のティーゼルとは対照的にコブン達はげんなりしている。調子に乗って飲んだ酒で二日酔いになってしまったのだろう。うっと来たコブンを慌ててトロンがトイレに連れて行った。 コブン達とは違った意味で脱力しているのはロックだ。疲労と寝不足でいっこうに食事が進まない。ウインナーを皿の上で転がしている。 「よぅ、どうしたロック」陽気なティーゼルの声が頭に響く。「きちんと食った方がいいぞ・・・寝不足か?」 「まぁ、そんなとこ」 「いかんなぁ、もっと強靱な精神を持たねぇと」 「そうだね、」 そうこうしているうちにトロンが戻ってきた。 「お兄さま、この子達連れて先に戻ってますね」 「おう、」 トロンが何事もなかったかのように振る舞ってくれるのが精一杯の救いだった。 予定では今日フラッター号が戻る事になっている。ロールの顔を見たとき果たしてどんな対応をすればいいのか、意識すればするほど滑稽に映るのは明白だ。 「はぁ・・・」 大きなため息と共に、ロックの苦悩が始まった。 END?
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