美翔家の夜は不規則だ。 連日帰宅の遅い天文学者の父と、居るのか居ないのかはっきりしない考古学者の母。 そんな両親を持つ舞が家に帰って先ずする事と言えば夕食の準備に風呂の支度と言った家事であり、一般的な女子中学生の様に流行のファッションがどうだとか、あのアイドルがこうだとかなどという話とは殆ど無縁の生活を送っていた。 親友であり、この一年プリキュアとして苦楽を共にしてきた咲に言わせてみれば『考えらんない』事らしいが、舞本人にとっては幼い頃から今までそれが普通だと思っていたし、特に辛いとも感じてはいなかった。 ただ尤も、最近は大学受験を控える兄の方が早く家に帰ることが多い為、悪いとは思いながらも専ら任せっきりになってしまっているのだが。 ・・・この日もそう、そんないつもと何ら変わらない一日になるはずだった。 和也は家の前の通りが良く見える窓辺に佇み、先程から急に降り始めた土砂降りを眺めていた。 「虫の知らせ、第六感・・・天の声?・・・はちょっとアレだな」 テラスに干したままだった事に気づいた洗濯物を取り込んだ直後にこの有様である。自分のタイミングの良さにしきりに感心した様子で、整然と畳まれた洗濯物の山を前に満足そうだ。 「・・・舞?」と、雨の中を駆けてくる人影が二つ、目に留まる。「咲ちゃん、じゃないよな」 いつも見慣れた妹と一緒にいるのは例の太陽みたいな元気娘ではなかった。妹と同じように髪の長い少女・・・あまり記憶に無いが、確か去年の七夕の時に見かけた気がする。 「ただいまー・・・」 舞が息を切らせて玄関に駆け込んできた。上から下まで完全にずぶ濡れでひどい有様だ。 「せっかく薫さんが来てくれたのに、今日に限って傘を持って行かなかったなんて・・・ごめんなさい」 同じように濡れ鼠になった薫の服を拭うも、薄手のハンカチ一枚ではあまり意味が無い。 「私の事はいい、舞も酷い濡れ方じゃない」 言って薫も自分の持っていたハンカチを取り出したものの、水の滴る布切れを見て顔をしかめる。 「そんな事してたんじゃ全部拭く前に乾いちゃうよ」 先程取り込んだ洗濯物を手に和也が降りてきた。良く乾いたタオルを二つ、舞に投げてよこす。 「霧生さん、だっけ? いらっしゃい」 柔らかく微笑む和也。どうやら顔を見たら思い出したらしい。 「大したおもてなしも出来ないけど、ゆっくりしていってよ」 「あ・・・どうも・・・」 一方の薫は、急に声をかけられてどぎまぎした会釈を返すのが精一杯だった様だ。いくらこの世界に慣れたとは言っても、そうそう人付き合いが上手くなる物ではない。とは言え、並の中学生などこの程度だろう。 「それでね、お兄ちゃん」 そこへ舞がおそるおそる口を開く。 「かお・・・霧生さん、今晩家に泊めてあげても、いいかしら?」 「ん? 俺は別に構わないけど・・・家の人とか、大丈夫?」 一瞬頬をこわばらせる和也だったが、困ったように顔を見合わせる二人を見るとすぐにまた笑顔になると風邪引くなよ、とだけ言い残して奥へ行ってしまった。 洗濯物を片づけた後、暫く自室で勉強していた和也だったがある大事なことに気付いてペンを止めた。 「そう言えば・・・」 ・・・丁度、舞が帰ってくる十数分ほど前・・・ 「じゃあ母さん出かけるから」 滅多に化粧などしたことがない可南子がそれなりに着飾ってリビングへ出てきた。考古学会支部の会合だとかで遅くなるらしい。 「お父さん、今夜も帰れないみたいだから、戸締まり諸々よろしくっ」 「あぁ、解ってるよ」 やはり年頃の男子というものは母親との距離を取りたがるものなのか、牛乳瓶片手に軽く受け流す和也。 「そうそう、冷蔵庫に夕飯支度してあるから、舞帰ってきたら出したげて」 「はいはい、行ってらっしゃい」 ・ ・ ・ 「やっぱ二人分、か・・・」 舞が友達を連れてくることなど思いもしないのだから仕方がない。台所の中を一通り眺めて少しばかり考えた後、どうしたものかと廊下に出れば浴室の方から気配を感じた。見れば明かりは点いており、扉も開け放たれたままである。着替えているなら扉は閉まっているはず・・・その思いこみでいつものように脱衣所の中を覗き込む・・・だが。 「舞? 夕は・・・―――ッ!」 目に飛び込んできた予想だにしない光景に身体を硬直させてしまった。 そこに妹の姿は無かった。清潔に整理された脱衣所の真ん中には、絵画の世界から飛び出してきたかのように美しい娘が一人、産まれたままの姿で佇んでいた。 濡れた長い髪だけを纏った後ろ姿は、程よく引き締まった背中から腰のラインが一層艶やかさを際だたせ、こちら側からでは伺い知ることの出来ぬ前面の美しさをも期待させる。 思いがけない事態に流石の和也も息を呑む。と、気配に気付いた薫が顔を上げた。 「・・・あ」 「ちょっ・・・ごめ・・・」 狼狽えながらも上から下までしっかり見ている和也を前にしても全く動じた様子も見せない薫。そればかりか、何の躊躇いもなく入り口の方へと振り向く。 「舞なら・・・着替えを取って来るとかって・・・」 まだ僅かに幼さが残るものの、しっかりとした女性の身体を惜しげもなく晒して平然としている薫の言葉に和也も平静を取り戻した。 「あ、あぁそう・・・ごめんね」 とは言いながらも、目の前の女体をもう一度目に焼き付けてから脱衣所をあとにする。きちんと扉を閉めて。 最初の目的を忘れそうな和也だったが、廊下で舞と出くわして思い出したようだ。簡単に夕食の確認を済ませると感慨深そうに舞の肩を叩く。 「霧生さんて・・・スゴい娘だな」 「え?」 それだけ言って部屋へ戻ってしまった。 「・・・変なお兄ちゃん」 あまり見たことの無い兄の様子を訝しがりながら浴室へと急ぐ舞。脱衣所の扉を開いて目に飛び込んできた光景に先刻の和也と同じ様に身体を硬直させる。 「か、薫さん・・・もしかして、ずっとそのまま・・・?」 「・・・待っててと言われたから」 雨で濡れた制服を干し、画材の状態を確かめてから着替えを持って戻るまでに約十分。確かに待っているように言ったとは思うが、あくまでも浴室の中で、という意図だったのに・・・ 「えっ・・・と」 予期しないことに少し混乱する舞に、言葉を続ける薫。 「あぁ、さっきお兄さんが舞のことを探しに来たけれど」 「!!」 廊下での和也のセリフと今の状況が等号で結ばれ、持っていた着替えを取り落としそうになる舞を素早く支えるとその顔を覗き込む。 「何かあったの? ・・・それとも、私が何か変な事した?」 空色の瞳に見つめられて僅かに頬を染める舞。気恥ずかしさだけでなく、頭では理解していても無意識のうちに常識的な対応を薫に求めていた自分の甘さへの羞恥といった感情から来るものか。 心配そうな薫にありがとう、と微笑んで身体を離し、あらためて彼女の身体を見れば透き通るような白い肌と美しく整ったプロポーションに思わずため息が漏れる。他人に裸体を見られたところで気にする様子は無いが、和也に先を越されたのは実に悔しい。独り占めしたい気もするけれどもっと多くの人にも見せてやりたい・・・絵を描く事を趣味とする者の一人として、むらむらと湧き上がる創作意欲に徐々に息が荒くなる。 「・・・舞?」 「あっ・・・ご、ごめんなさい!」 怪訝そうな薫の声。全裸のまま待たされる事約二〇分、ようやくバスタイムとなったのである。 雨足こそ弱まったものの、未だに止む気配のない雨音が静かな部屋に響いてくる。 入浴前に多少のハプニングはあったがその後は滞りなく終わり、簡単に夕食を済ませるとようやく本来の目的である『コンクールの作品制作』に取りかかる事になった・・・少なくとも、一度は。 「・・・っくしゅっ」 「あ・・・やっぱり寒いかしら?」 可愛らしいくしゃみをした薫を気遣う舞。スケッチブックを置いて傍らの毛布に手を伸ばす。 「いや・・・大丈夫だ」 そう言う薫の方はというと、ごく薄手の衣一枚を纏ってベッドの上で横になっている。せっかくの素晴らしいモデルを放っては置けないと言う舞のたっての希望で、ヌードモデルにされてしまったのだ。 「意外と、咲と満さんが噂してたりして」 「・・・そうね」 冗談交じりに笑う舞に、確信にも似た相槌を返す。自分はここで舞と一緒に居て、満があのまま咲を待っていたとしてもあの夕立、咲の性格を考えれば多分、満は今、咲と一緒に居る筈・・・おまけに咲の家にはみのりがいる、自分の事が話に出てきても不思議ではない。そんな事を考えながら部屋の中を見回せば、画集や美術書などばかりが目に入ってくる。 …本当に絵が好きなのね 椅子に腰掛けてスケッチブックに向かう舞の顔は真剣そのもの。そんな姿に何か言いようのない気分にされてしまう。 「終わったわ」 暫く無言のまま筆を走らせていた舞が顔を上げた。満足そうに微笑むとスケッチブックを薫の方に向ける。 「・・・これが、私・・・?」 「薫さんの魅力をそのまま描いたつもりだったんだけど・・・私の腕じゃ充分表し切れてないかしら?」 描かれた端麗な裸婦像に戸惑う薫と、あらためて本物と見比べて物足りなさを感じる舞。 「そこまで言われると・・・流石に照れるな」 今まで一番近くにいたのが同じように作られた存在の満だけだった薫にとって、他人の魅力などと言うものは気にした事がなかった・・・ただこうして今、何かしら特別な感情を持って描かれた絵を前にして、僅かながら今までとは違う気持ちが芽生えてくるのを感じた、いや、無意識の内に否定していたものに気付かされただけなのかも知れない。渡されたスケッチブックをめくって以前描かれた絵を目の当たりにしたとき、その感情はもっとはっきりとした物になった。 絵は描けば描いただけ上手くなる、と言うのは美術部の顧問の口癖だ。確かに、最後に描かれた薫の絵は相当な完成度を誇ってはいるのだが、他のページにある咲の絵は、絵そのものの出来はともかく描いているときの舞の心の中までも感じ取る事ができる気がして薫の心を掻き乱した。 「・・・咲の事、好きなのね」 「えっ・・・?」 それまで穏やかだった舞の顔が思いがけない薫の言葉に緊張する。 「そ、それは・・・」 全て見透かされそうな瞳に見つめられて言葉を詰まらせてしまう。薫本人とすれば全くそんなつもりは無いのだろうが、その切れ長の眼差しは相手からすると詰問されているような錯覚を覚えさせる。 「えぇ、好き・・・だったわ、その絵を描いていたときは・・・って、別に嫌いになった訳じゃ、ないけど」 伏し目がちに言葉を選びながらゆっくりと語り出すこれまでのこと。プリキュアとして戦うという事、精霊の力を介して二人の心を直接繋ぐことで発揮される伝説の戦士の能力とその反動・・・元来、肉体と魂とは二つで一つのもの、魂だけが強力に結びついてしまう事による肉体の過剰反応・・・友情の枠を超えた、肉の関係。プリキュアの力が増すほど、その奇妙な愛情は更に激しく燃え上がったものだった。 「でも、ブライトとウィンディになってからは、それほどでもなくなったのよ・・・チョッピは、飽和状態になった、って言ってたけど」 加えてダークフォールが消滅し、プリキュアに変身する必要も無くなってからは普通に仲の良い友人としての関係に戻ったのだった。そして何より、今の自分には薫がいる。 話を静かに聞いていた薫が少し語尾を荒げて立ち上がる。 「・・・私は、咲の代わりと言う訳なの?」 相変わらず無表情のままではあったが、ただならぬ気配を発している。 「そんな事無い!薫さんの事は真剣に・・・」 珍しく感情を表に出す薫にはっと息を呑む舞。薫を咲と比較するなんて事はあり得ないが、咲との関係が失われた空白を埋めようと求めていた訳ではなかったと言えば嘘になる。一度知ってしまった悦びは、忘れてしまうには甘美すぎた。 「真剣に・・・何?」 薫の最後の単語は声になる前に遮られた。半ば強引に唇を奪われたから。 「ん・・・っ」 突然のことに一瞬抵抗した薫だったが、口腔内への舞の攻めを許してしまうと途端に力が抜け、身体を預ける。 「んむ・・・ぁふ・・・」 密着した唇の隙間からどちらの物とも解らぬ声が漏れ、唾液が透明な糸になって垂れた。 「ふぅ・・・っ!」 と、されるままだった薫の身体が跳ねる。裸のままだったのを良い事に、舞に全身をまさぐられていたのだ。唇を吸われたまま悶えるも、抱きしめられた自由の効かない姿勢では更なる攻めを誘っているようにしかならない。 「っ・・・んふっ・・・」 腋から背中に腕を回されてうなじの辺りを刺激されたかと思えば、形良く引き締まってそれでいて肉付きのいい尻を撫でられる。そのたびに先程までの不快な気分は見る見るうちに晴れていき、代わりにぞくぞくとした得も言われぬ快感に襲われ、溺れそうになる。 「んっ・・・はぁっ」 どれほどの時間くちづけをしていただろうか。口の中にはまだ舞の舌があるような気がするし、ずっと吸われていたままの唇と舌は自分の物ではないように感覚が麻痺してしまっている。薫が初めてのキスを体験するには舞のテクニックは上級過ぎたようだ。焦点の定まらない虚ろな瞳は、まどろみの中に居るようにとろんとしたまま目の前の舞を見つめている。 「・・・真剣に愛してるの、薫さん、貴女を」 「愛して・・・る」 抱きしめられたまま静かに囁かれた言葉を復唱してようやく薫の意識が戻った。 「解ってもらえたかしら?」 「あ・・・あぁ」何が起こったのかを理解して薫が頬を染める「さっきは変な事を言ったみたいだ・・・済まない」 「私の方こそごめんなさい、薫さんの気持ちを考えてなかったわ」 再び唇を重ねて抱きしめ合うと、舞も着ている物を全て脱ぎ去って薫の隣へ腰を下ろす。 「だから・・・もっとしっかり愛し合いたいの」 どくり、と心臓が震えた。少し前に見た満の目、無意識に咲の姿を追い続けていたあの眼差しとよく似た、恋い焦がれる少女の熱く潤んだ瞳に見つめられて薫の胸の奥からは早鐘のような鼓動が響いてくる。 照明を落とした暗い部屋に荒い息が響く。 「ぁ・・・んっ・・・はぁ・・・ぅ」 胸と内股を同時に攻められて息も絶え絶えな薫の反応を一つ一つ嬉しそうに確認しては、更に愛撫を続けてゆく舞。柔らかな乳房を揉みほぐし、固く勃ち上がっている薄紅色の乳首を指先で転がし、捏ね回し、舐めては吸い付く。 「ひぁっ!・・・そ、んな・・・とこっ・・・」 かと思えば繊細な指使いで腰の周りから下腹、太股の内側を撫でては、その滑らかな肌の質感を堪能してうっとりとした視線を薫に送る。 「んゃあっ! だ・・・ダメ・・・っ!」 舞の攻めが秘部へと伸びようとしたところで薫が急に身体を強張らせる。 「・・・怖い・・・」 戦いの時にはあれほど凛々しい姿を見せていた薫が、目を潤ませて未知の恐怖に脅えている。そんな姿がたまらなく愛おしく、狂おしい程に舞の愛欲を昂らせてゆく。 「大丈夫、怖くないわ・・・」萎縮する首筋に唇を這わせながらなだめるように囁く「それに、薫さんにも覚えてもわらないと・・・私がしてもらえないじゃない」 その言葉は薫の緊張をほぐし、まるで媚薬のように興奮させる。 「私が・・・? 舞に・・・?」 「そうよ、『愛し合う』んだから・・・薫さんにもしてもらいたい・・・」 甘い吐息に薫の身体から力が抜けていき、すかさず舞の右手が脚の付け根へと差し入れられる。乙女の柔らかな肉の、更に柔らかながらぴったりと閉じられたそこは、軽く押してやると滴り落ちるほどの蜜に溢れていた。 「んっ・・・ふぁ」 薫の声がオクターブ高くなる。普段では決して聞くことの出来ない甘く濡れた溜息。 「薫さん、可愛い・・・」 割れ目に沿って指を動かすだけで絡みついてくる愛液。だんだんと増していくぬめりに合わせて舞の攻めも早く激しくなっていく。 「ひぁっ!」 ぬるん、と肉壁の中へ押し込まれた舞の指先が、膣口のごく浅い部分で純潔の証を確かめるように止められる 「一本でもこんなにキツい・・・痛くない?」 「大丈夫・・・でも、凄く・・・変っ・・・」 少しでも違和感を与えるならば、と外陰への攻めに戻る。もはや充分に濡れているそこは、少し指を動かすだけでくちゅ、くちゅと淫らな音を立ててしまう。ただそれも二人だけの世界では不思議と心地よい音楽の様にすら聞こえてしまうのだった。 「んぁ・・・っ!」 更に加速する攻め。それまでの指一本から右手全体を使った物へと変わっていく。例の湿った音も空気を含んでじゅぶじゅぶと更に卑猥に響き渡る。 「ふぁッ! ・・・舞っ・・・何か・・・来るっ!!」 「いいわ、イッてっ! 気持ちいい事、覚えてっ!」 淫核を中心に円を描くような律動に、たまらず弓なりになる薫の身体。それに合わせて舞の動きにもスパートがかかる。 「あぁっ・・・! まぃ・・・っ! もぅ・・・―――ッ!!!」 声にならない絶叫と共にびくびくと痙攣し、一際大きく反り返る薫。限界近くまで開かれた脚のちょうど真ん中から勢いよく吹き出した潮が、舞の身体にシャワーのように降り注いだ。 …こんなに出るものなのね、すごい 自分の胸に掛かった液体をささやかな膨らみに擦り込み、べっとりと濡れた右手を恍惚の表情で舐め取りながらふと見れば、傍らには薫がすっかり気をやった表情で倒れ込んでいる。 「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・これが、愛・・・?」 「そう・・・私の、精一杯の愛・・・」 肩で息をする薫に身体を重ねる舞。そっとくちづけをして隣へ横になる。 「ね、今度は・・・薫さんの番」 「今度は・・・私が・・・?」 あの官能的な刺激を自分の手で・・・その想いは上手く出来るかどうかという僅かな不安を呼び起こすが、それ以上に、舞に快感を与えるということの甘いときめきで満たされていく。 「・・・その前に一つだけいいか?」 「何?」 何かを思い出したように仰向けになったまま薫が口を開いた。 「薫『さん』って、止めてほしいわ」 「え・・・?」 「せめて咲と同じ場所に行きたいじゃない・・・舞がどうしても、って言うなら構わないけど・・・」 伏し目がちにそう言う薫に、舞が目を丸くする。言われてみれば確かにそうだ、出会ってから一年が経つというのにずっとさん付けのまま。咲の時と比べて、あまりに他人行儀ではないか。先刻の薫の態度も、もしかしたらいつまでも距離を取っているような自分への抗議だったのかも知れないと考えればなるほど、焼餅を焼かれても仕方ない。 「これから気をつけるわ・・・薫」 三度重ねられる唇。こうして繋がった二人の心と身体は、風を捉えた鳥のように天高く舞い上がるのだ。 夜はまだ、長い・・・・・・ |