「・・・・ふぅ」 薄明かりの中で栄が顔を上げる。 大量に積み上げられた開発レポートの編集作業を朝からずっと続けていたのだ。 眼鏡を外し、眉間を押さえる。 「・・・伊達とは言っても、疲れますね・・・」 ただ部屋が暗いだけかもしれないが、椅子の背もたれに寄りかかり、しばらくの間天井を眺めていた。 ・・・こんなになるまで溜め込んで・・・まったく・・・ 俺の無精が原因で溜まってしまったレポートを、きちんとした形に編集する作業を引き受けたた栄だったが、やっぱりここまであると少し怒りモードっぽいな。 「まぁ、こんな事してても仕方ない・・・」 再び作業に戻った栄は、山のように積み上げられたレポートを凄まじい速さで処理していく。手がまんがみたいに数本の線になって見える。 と、一つのレポートをつかんだ手が止まった。 「・・・これは・・・・」 そのレポートを脇に置き、山になった書類の中から関連するだろうとおぼしき物を全て引っ張り出し、編集をかける。しばらくすると机の上に一冊の冊子が出来上がった。 「JUSTICE−00:SAKAE・・・開発記録・・・?」 栄は恐る恐るページを開いた。開発番号以外自分とおなじコードを持つ機体に言い様のない不安感を覚え、紙を持つ手が震える。 ・・・某月某日、遂に栄の完成にこぎつけた。これで更に活動範囲が広がる・・・・ ・・・長かった・・・自我と服従の結合にこれほどまで苦労するとは思わなかった・・・ ・・・全ての技術を集結させて創り上げた機体だ、きっと役立つだろう・・・ ・・・しかし唯一の懸念は機体に内蔵した兵器と戦闘プログラムの相性だ。もし相性が合わなければ・・・ レポートを読む栄の脳裏に様々な疑問が浮かび上がる。 「これは一体・・・最初に開発されたのは秀じゃなかったのか・・・?」 JUSTICE−01である秀よりも早い開発番号への疑問があったが、何より栄の興味を引いたのは、この機体が自分と同じ名をもっている事だった。 何故03である自分と00であるこの機体が同じ名前なのか。とりあえずこの疑問は置いて、先のページをめくってみることにした。 ・・・某月某日、とうとう戦闘プログラムを本体へインストールする段階だ。失敗は許されない・・・ ・・・不安だ・・・インストールには成功したがシミュレート結果が芳しくない、上手くいってくれればいいのだが・・・ ・・・某月某日、何ということだ、プログラムに致命的な欠陥があったのか・・・ 栄が二体に分離してしまった・・・ ・・・算出したデータによると、一体は自我プログラムが大半を占めているがパワーは極めて低いので暴走しても抑えることは可能だろう、もう一体はほぼ全ての力を持っているが服従プログラムが大半を占めているようなので危険はない。しかし・・・危険なのは自我プログラムの多い方が全ての最上級兵器を持っている、ということだろうか。アクセスコードを抹消してしまえばいいのだが・・・ 「二体に分離?ほぼ全ての力を持ち服従プログラムが大半を占めている・・・?」 栄は直感的にその分離した一体が今の自分であることを理解した。本能と言った方がいいかもしれない。 「いや、だが・・・」 今の栄自身には最上級兵器も搭載されているし、自我だって存在する。怒りや愛情なんて感覚まで持っているのだ。いくら団長が手を加えたところで、根本的な部分がどうこうできる事はないはずだ。 ・・・某月某日、恐れていた事態になった。EI―エイ―と名付けた方が開発室を破壊し、逃げ出してしまった。幸い、SAKAE―サカエ―とそのまま名付けた機体への損傷は無いようだが。 ・・・エイをレーダーでサーチすることは不可能か・・・あらゆるレーダーをかいくぐる設計が裏目に出てしまった。何はともかく01、02の完成を急がねば・・・ ・・・栄をJUSTICE−03として再設計することにした。基本フレームのみを残し、他は全て新規で行う。搭載用兵器も東出の光魔法をモデルにすることにしよう・・・ 「手を加えるどころか0から作り直したのか・・・」 先程の疑問は単純に解決した。しかしまだ彼の中には山のように疑問があった。同じく山のようなレポートの編集などやっている場合ではない。 「・・・まだ起きているか・・・?」 壁の時計を見やる、時刻はちょうど日付が変わる時間だった。 「そらっ!ほっ!どうだ!!」 壮がコントローラを巧みに操りながら叫ぶ。画面の中で白い胴着の格闘家が次々と連続技を決めていく。 「壮君・・・ちょっと」 先程から声をかけてはいるがまるで耳に入っていない、壮はめまぐるしく変わるステージで乱舞する格闘家になりきっているようだ。 「だりゃ、どぇあっ!!」 ・・・聞いちゃいねぇ・・・ 「よっしゃ!パーフェクトォ!!」 壮がコントローラを振り上げて叫ぶ。栄は諦めて他を当たってみることにした。 秀の部屋に人の気配はなかった。そのまま典の部屋の前まで来て栄の足が止まった。 「・・・・・・・・・・・」 その研ぎ澄まされた感覚によって、部屋の中の様子を理解した栄はそっと扉を離れた。少しばかり顔が赤くなる。 「・・・・・ふむ・・・」 性戯団団長室で東出が例のレポートを読んで頷いた。向かいには栄が座っている。 「何かご存じありませんか?行方不明のもう一体について」 栄と東出が並ぶといかにも理科系と言った感じだ。雰囲気が学者っぽい。 しばらく考えた後、東出が口を開いた。 「亮から聞いてはいたが・・・俺はJUSTICE−00には全く関与してないんでなぁ・・・」 そう言ってレポートをめくりながら頭を掻いた。 「あの野郎が一人でやるから手ぇ出すなってな」 「そうですか・・・」 再び沈黙が訪れる。 エクレアが茶を淹れてきた。粗雑な性格でもこういうところだけはしっかりしてる。 「・・・そういやJUSTICEにしろERSにしろ、最上級兵器はみんな俺の設計だったな」 カップを受け取って東出が言った。言われてみれば確かに、メキドフレイムにせよファイナルジャッジメントにせよ、東出の光魔法をモデルに設計されている。 「しかも【イセリアル・ランス】等の強力な物ばかり・・・」 栄の表情が変わった。 「ああ・・・更にこないだ【デヴァイナリィ・ソード】をモデルに新型兵器を造れとか言ったな、あいつ・・・しかもよりによって麗に搭載するとか言ってやがるし・・・」 「・・・何考てるんでしょうかね、団長」 栄がため息混じりにつぶやく。 「あのさ、」エクレアが口を開いた。「こういうのって関係ないの?」 「あん?」 東出がうるさそうに相づちを打つ。 「いや、だからさ、オレ達とキャラメルねーちゃんは闇属性だよな」 「それで?」 「でも栄さん達って光属性じゃんか、団長が関わってるのは兵器だけなんだろ?何で本体まで光属性にするんだよ、マスターが造ったのに」 混乱するといけないので言っときますが、エクレアの言う団長ってのは東出の方ですよん。 「そらお前、本体と兵器を同じ属性にした方が威力が格段に上がるからなぁ」 当然だと言わんばかりに東出が説明する。 「だから、何でマスターはわざわざ団長に頼んでまで光属性の兵器を造ったんだよ?闇属性にすれば自分で簡単に造れたんじゃねーの?」 解ってるよ、と言わんばかりにエクレアが反論する。 「威力には大差ないんだろ?光も闇も」 もっともな発言に東出の言葉が詰まる。 「まぁ悪人にゃ闇属性が多い訳だし・・・」 「光属性の悪人だっていない訳じゃねぇだろ」 「そらそうだが・・・・」 ことごとく東出の発言にツッコミをいれるエクレア。まるで予め用意でもしていたかのように間髪入れずにぴしゃりと突っ込んでくる。 「・・・・・何でだろう?」 もはや何も理由になりそうなモノがなくなり、栄にふる。 「あれ?」 コントよろしくの会話だったにも関わらず、栄の表情には微笑すら浮かんでいなかった。 「お〜い・・・」 東出が栄の顔の前で手をぶらぶらさせる。それも全く視界に入っていないようだ。 「どーしたんだろーか?」 「さぁ?」 エクレアと顔を見合わせる。彼女も肩をすくめて首を振るだけだ。 ・・・・強力な闇の力を持ったまま行方不明になったJUSTICE−00・・・ ・・・・あの団長が人に頼んでまで造ったいささか過剰すぎる出力の光属性兵器・・・・ 「・・・・・・そうか」 栄が顔を上げた。東出もエクレアも向かいのソファで茶を啜っており、栄が顔を上げるのと同時に動きが止まった。 「エクレアさん、的確なご指摘、ありがとうございました」 「は・・・はぁ・・・・?」 いきなり栄に礼を言われ、訳わからんといった表情で返答するエクレア。 「あ、おい、何か解ったのか?」 訳わからんのは東出も同じで、部屋を去ろうとした栄を呼び止めた。 「えぇ・・・・夜分遅く、失礼しました」 挨拶だけして行ってしまった栄を見送りつつ、東出は頭を掻いた。 「・・・・何が解ったってんだ・・?」 ランプの明かりに照らされる中で、残された二人はただ顔を見合わせるだけだった。 エピローグ |