俺的大長編・4


4・幼気

 JUSTICEとERSとが敵陣真っ直中で死闘を繰り広げている頃、正義団本部では緊急会議が招集されていた。
 フラワーパークでの騒動とJUSTICE−00との関連及び以後の対処についての会議だったのだが、夏期休業中のためにほとんど出席者が居らず、結局TSMSとのミーティングになってしまったのだが。
「・・・と言うわけで、非常事態に備えて各自搭乗機の整備をすること、特にエーテルスランパーの調整は綿密に行うように。 以上・・・質問は?」
揃いの制服に身を包んだ4人に向かって亮。キャラメルがおそるおそる手を挙げる。
「あの・・・ご主人様」
「何だ?」
「フラワーパークで戴いたマガジンですけど、何か意味があったんですか?」
レイスが仕掛けた魔方陣を解呪するために飛び出した際、亮から渡されたサブマガジンのことだ。中途半端な装弾数がずっと気になっていたのだろう。
「あぁ・・・あれか、対魔製法したミスリル弾でな、あの辺のモンスター程度なら一撃必殺だったんだが・・・言い忘れてたか、すまんね」
「・・・先に解ってりゃあんなオーガに手こずることも無かったのにな」
ぴしゃり、と額を叩く亮にぼそりと呟くエクレア。
「悪かったって・・・あん? カステラ」
指名され、カステラが立ち上がる。
「東出団長はいかがなさったんですか? 帰ってきてから見かけませんけど・・・」
口調はそれほどでもないが、その顔に少し陰りを見せて団長に問う。フラワーパークから帰ってからどういう訳か東出の姿を見ていない。JUSTICEと一緒に団長に呼ばれた様子だったのだが。
「三太とミルに話があるとか言ってたがな・・・詳しいことはわからん」
本人は気づいていないだろうが、亮にはいつもの軽口めいた冗談以外の嘘をつくとき、必ずと言っていいほど前髪を3度、掻き上げる癖があり、この時も同じ仕草をして見せた。
「・・・そう、ですか・・・・・・」
それだけ言い、腰を下ろす。どこまでが真実でどこからが嘘なのかは解らないが亮と東出との間で何かしらあったのは確かだ。
「もうないか? それじゃ頼むぞ」
言い、書類をまとめて会議室を出て行く亮を見送りながらプリンが呟く。
「・・・よくわかんないけど、なんか大変なことになってるみたいだね」
この一言が4人の率直な気持ちだった。

 その頃、居間では何も知らないサブレとタルトがテレビを観ていた。いつもの騒がしさとは打って変わったがらんとした家の中に異様なほどくっきりとテレビの音声が響き渡る。しかし中途半端な時間帯のためか子供向けの番組などなく、ワイドショーやらドラマの再放送やらがあるばかりでパッとしない。
「・・・ねぇ、みんなどーしたのかなぁ?」
しばらく広告の裏にお絵描きしていたタルトがふと顔を上げる。流石にこれほど長い時間誰も居ないと少し不安になってきたのだろう、困惑の表情が伺える。
「・・・・・・」
だがサブレの方はそんなこと全く気がつかない様子でテレビに釘付けになっていた。何が面白いのか、屈強な男達が髭の老人にひれ伏しているのを真剣な眼差しで見つめている。秀がよく観ている古めかしい映像の時代劇だ。
「さがしてこよっと・・・」
そんなサブレを置いて、タルトは部屋の外へ行ってしまった。

 「あ、だんちょー」部屋の前で亮を見つけて嬉しそうにタルトが駆け寄る。「えほんよんでー」
お気に入りの絵本を数冊抱え、とことこやって来る顔からはこの上ない安心感がうかがえる。
「忙しいから後でな」
しかし、亮はそんなタルトの気持ちなど微塵も考えていないかのように、足早に立ち去ってしまった。
期待を裏切られた感覚に、亮の姿が見えなくなっても暫く呆然と立ちつくすタルト。訳も分からないまま置き去りにされた心に生まれた悲しみが彼女を覆い尽くすのに時間など必要なかった。
「・・・・・・」
暗く沈んだ表情で亮の部屋に入り、だるそうにベッドに横たわる。しっかりした性格の彼女は、サブレと喧嘩になっても自分が我慢することが多く、泣くことも少なかった。
「・・・たるとは、いいこだもん・・・だから、なかないんだもん・・・・・・」
歯を食いしばり、必死で自分に言い聞かせるも、悲しさが涙となって溢れ、頬を伝って枕を濡らす。
 声を殺し、身体をふるわせて、タルトは泣いた。・・・相手が亮だから余計に悲しいということは本人にはまだ解らなかっただろうが。

 「・・・・・・あのバカ・・・子供泣かしちゃダメじゃない」
部屋のドアをそっと閉めてミルフィーユが呟く。子供達の面倒を見るために亮と入れ替わりでやってきたのだ。リビングを覗くとサブレはまだテレビを観ていたのでタルトを探しに来たらこの有様である。
「とっちめてやる」
言うが早いか、光の速さで業務棟へ飛んでいってしまった。

5・大嵐


 典は目もくらむような白い迷宮を彷徨っていた。勢いよく飛び込んだのは良いが、どこまでも続く大迷路に捉えられてしまっていたのだ。
 空間そのものが無限ループを作り出しているのか、全ての通路を通ったはずなのにいつの間にか同じ場所に戻されてしまう。
「・・・」
おもむろに踵を返し、来た道を戻れば最初の部屋に戻ることは可能だった。入り口から今度は壁に手を付けたまま、目を閉じて歩き出す。
 しばらく進むと見たことのない通路に出た。どこかの壁がダミーだったのだろう。とりあえず用心のために壁に付けた手は放さずに歩き続ける。と、曲がり角の向こうから何かが近づいて来る気配を感じた。
 かなりの戦闘力を持っているのが発せられる気配で解る。出来る限り気配を消して歩いて行くと、向こうもそれに気づいたのか、急に立ち止まり、こちらの様子を窺っているようだ。
 ・・・妙だ。
この相手とはどこかで一度対峙したことがあったような気がする。それがどこであったかは憶えていないが、一撃離脱を得意とする自分とは逆の戦法を使ってきた様に思う。
 ・・・しかし・・・何故ここまで憶えているんだ・・・
戦った場所と相手の顔以外は身体が憶えていた。相手の攻撃パターン、秀のそれに匹敵する程の破壊力・・・だが、典の中には不思議と不安感は無かった。目の前の相手を倒すことよりその正体を確かめたいとさえ感じた。
 殺気を含んだ気配をゆっくりと前方へ飛ばし、これにつられて飛び出してきた所を取り押さえる・・・
 典の読みどおり、ダミーの殺気につられて相手が動いた。飛び出してからこちらの罠だと気付いたのか、典が床へ叩き付けた臨破の爆発から逃れるように空中で身をよじり、煙の向こうへ消えた。顔を上げた典と着地した相手とがほぼ同時に床を蹴る。

 がぎ・・・ん!!

 典の蹴りを真紅に彩られたガントレットが迎え撃ち、煙幕の向こうに僅かだが焦げ茶の髪が踊ったように見えた。瞬間、ちょうどERSと初めて対面したときの事が脳裏によぎる。

 ・・・8ヶ月ほど前・・・か・・・

 団長の計らいで設けられた席で談笑するERSとJUSTICE。秀と優とが顔見知りだったことには少々驚いたが、壮は至ってマイペースで栄も用意された料理などをつついている・・・そんな彼らをよそに典は一人、窓辺の席で荒れた大地を見やっていた。
 「あの・・・」と、先程からこちらを窺っていたERSの一人が声をかけてきた。「典、さん・・・だよね?」
赤いアーマーとメタルスカート、茶色の髪にルビー・レッドの瞳が印象的な娘、確か、雅とか言ったか。が、緊張した面持ちで立っていた。向こうでは秀達が面白そうににやにやしている。
 「何か、用か?」
本人にしたらなるべく穏便に話したつもりなのだろうが、到底そうは聞こえない。性格と言ってしまえばそれまでだが、怒っているようにしか聞こえない話し方だった。少し困ったような顔になり、振り返る雅。優が秀を見、栄が鼻で笑い、壮が肩をすくめる。
 微妙な沈黙の後、秀が助け船を出した。
「・・・雅がお前と手合わせしてみたいんだとよ」
そうそう、そうなんだよねぇ・・・と、顔を紅くして頷く雅。
「ほら、ボクって典さんと同じタイプでしょ? だからどんな強さなのかなぁ・・・って思って」
身振り手振りで話をする雅を無視し、一言も喋らずに立ち上がる典。
「あ・・・」
そのままドアの方へ歩き出す典を当惑した表情で追う。断られたかと思いきや、
「まさか此処でやる気じゃねぇだろ?」
ほんの僅かだが、典の顔から笑みがこぼれた。

 地下道場では亮が妙な機械をセットして待っていた。あちこちにセンサーらしい物を取り付け、道場内のあらゆるポイントをスキャンしているようだ。
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
典を先頭にぞろぞろとやってきた集団に気付き、機械のスイッチを入れる。
「・・・何だよ、こりゃー」
「いや、良い機会だから戦闘データでも計測しようかと思ってな」
呆れ口調の秀に飄々と答える団長。典と雅の設定値を入力すると端末の画面上に数通りのシミュレート結果が出力された。
「よーし、お二人さん、準備が出来たら始めてくれ」
道場の隅々に設置されたセンサーが鈍く光り、相対する2人の一挙手一投足を余す所無く捉える。
 「・・・まぁいい、どこからでも打ってこい」
そんな亮を横目に、何の構えも取らずに典が言う。そんな態度が少し癇に障ったのか、むっとした表情で典を睨みつける雅。ジャケットだけの典とは対照的に、ほぼ完全装備で戦闘態勢に入った。
「後悔するなよぉ」
右の拳に力を入れると同時に典の眼前まで間合いを詰める。一般人ならば瞬間的に移動したように見えただろう。
「!!」
 ぎゅお!
 空気を切り裂く音と共に雅の正拳が炸裂する。典の顔が一瞬強ばったようにも見えたが、次の瞬間には雅の拳を片手で受け止めていた。
「ほぅ・・・!」
「典に防御させるとは・・・やるねぇ」
「ちょっと・・・雅の正拳を片手で止めるって・・・何よ、あれ」
JUSTICEもERSも両方の立場から驚きの声を上げる。亮だけはデータの収集に夢中だったが。
 「力はそこそこだな・・・」
表情を変えずに典が呟く。
「だが・・・実戦ではそれだけでどうにかなるものじゃない」
信じられないと言った顔の雅の拳を掴み、そのまま後方へ放り投げる。あまりに一瞬のことに、彼女の体は軽々と空中へ放り出された。
「ぅわっ・・・」
咄嗟に身を翻し、着地しようと体勢を整えた雅へ今度は典が攻撃を仕掛けた。不自由な姿勢の雅めがけて振り向き様に繰り出された拳は、空気を衝撃波へと変えて雅を殴りつける。
「ぁくぅっ!!」
体を仰け反らせて吹っ飛ぶ雅。優は麗の目を覆い、華が顔を背ける。
「・・・〜♪」
秀が口笛を吹き、壮が肩を聳やかすと栄は鼻で応えた。
 雅が壁へと激突するかに思えた瞬間、ふわっ、と何者かに抱きとめられた。
「・・・・・・え?」
驚いて自分を支える影を見れば、さっき自分を殴り飛ばした張本人である典だった。
「これが実力差と言う奴だ・・・もう少し強くなってから出直してこい」
面白くもなさそうに言い、雅の頭を軽く小突く典。
「・・・もういいだろう?」
亮に向かって言い、返事も待たずに出ていく。
「アレが命取りなんだよなぁ・・・」
「まぁ良いんじゃないですか? いかにも典君らしい」
端末を操作している亮と、その背後で訳知り顔で話をするJUSTICE。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「・・・雅、ねぇ、ちょっと」
いくら姉達が自分を心配して声をかけてきても、雅は暫く呆然としたまま典が去った扉を見つめて微動だにしなかった・・・

 ・・・・・・アイツの向上心には呆れたな・・・あれから数週間で俺から一本取りやがった・・・

 「だが・・・攻め方がどれも似通っている!」
 ばしっ!!
煙幕の向こうから飛び出してきた拳をあの時と同じように片手で止めてみせた。
 必殺の正拳を受け止められてその場に立ちつくす赤い影は、装備こそ違えやはり雅だった。
「・・・典・・・・・・!」
典の顔を見た途端、見る見る目が潤んで体中の力が一気に抜ける雅。
 典は受け止めた拳を優しく抱き寄せて愛しい少女に胸を貸す。
「何故、来た? ・・・どんな危険があるか解らないんだぞ」嗚咽を漏らす雅の肩を撫でてやる。「お前を護りきれるかどうかさえ・・・」
典の言葉を遮って雅が体を離した。
「だから・・・だから、どんな時でも一緒に居たいよ・・・心を痛めて待ち続けるよりも、苦しくても・・・典のこと、大好きだから・・・」
赤と紅の瞳が見つめ合い、時間がその流れを緩やかにする。
「・・・そうだな、いつも一緒だ」
やがて典が微笑み、雅を抱きしめた。
「俺はお前を信じる・・・お前も俺を信じてくれるな?」
「え・・・? も、もちろん!」
突然の言葉にどぎまぎしながらも頷く。
 2人がもう一度きつく抱き合うと、突然周りの迷路が消えて巨大な空間へと姿を変えた。
「随分とアツアツだこと・・・」
慌てて離れて辺りを見回せば、入り口とは逆の通路から長髪の娘が歩いてくるのが解った。
豊満な肢体に流れる金髪のみを纏い、挑発的な瞳でこちらを見ている。一見女神のようにも見受けられるがよく見れば、全身の血管が不気味に隆起しており、とても普通の人間ではない・・・エイによって転送されたキメラ、テンペストだ。
「なかなかいい男じゃない・・・アンタには勿体ないわねぇ、貧乳ちゃん」
典のつま先から頭のてっぺんまでを品定めするように眺めるテンペスト。腕を組んで胸を強調しつつ雅に言い放つ。
「んな゛っ・・・! おっきけりゃ良いってモンじゃないぞぉ!!」
「・・・お前が言うセリフか・・・」
真っ赤になって叫ぶ雅に呆れ顔で突っ込む典。
「フフ・・・そんなのは放って置いて・・・こっちへいらっしゃい・・・さぁ」
喚く雅を無視して、囁くように典に語りかける。魔力による幻惑か、先程から部屋の空気が奇妙にねっとりとしてきたように感じる。
「ぅ・・・・・・」
「・・・典?」
と、一言苦しそうに呻くと、一歩、また一歩とテンペストの招く方へと歩き出す典。
幻惑魔法に捉えられてしまったのか、その眼は虚ろに定まらない。
「そう・・・いいわ・・・」
「典! どうしたの? ねぇ!」
雅はその場から動くことも出来ず、青ざめた顔で遠ざかる典の背中に悲痛な声をかけるだけだった。
 手が届きそうな所まで近づいた典にテンペストが妖しく囁く。
「五月蝿い女・・・アレを消しちゃいなさい」
無言のまま振り向く典。両腕のエネルギーが炎となって燃え上がる。
「うそだよ・・・典・・・」
涙をこぼして立ちつくす雅を無表情のまま見つめ、ゆっくりとした動作で雀翔を撃つ構えになる・・・と、
「奥義!! 雀翔ぉ!!!!」
急旋回し、背後のテンペストに紅蓮の炎を叩き付ける。白い部屋が一気に紅に染まり、炎から逃れた敵を追って宙へ飛び上がった。
「ッらぇ!!」

 ・・・どんっ!!

 天井付近で小爆発が起こり、テンペストが床に叩き落とされる。
「バ、馬鹿な・・・」
膝をついて、苦しそうに肩を上下させている。
「ちゃちな幻惑だな・・・その程度じゃ俺の心は操れん」
雅の脇に着地する典。混乱した様子の雅に優しく笑いかける。
「悪かったな・・・」
これを聞いて安心したようだ。ようやく雅に笑顔が戻る。
 信頼しきった2人を憎らしそうに睨み付けるテンペスト。
「・・・・・・貴様等ぁ・・・そんなに一緒に居たければ2人揃って地獄へ墜ちな!!」
気合いと共に火炎弾が迸り、左右に飛び退いた2人へ矢継ぎ早に強力な魔法を発動させる。
「地獄の炎よ! 猛り狂う大蛇となりて全てを飲み込め!! フレイムナーガ!!!」
「汝 彷徨える雷! 彼の者へ狂蜂の如き嵐を打ち付けん!! ライトニングヴェスパ!!」
 炎の大蛇が雅を、雷の毒蜂が典を、それそれに襲いかかる。
「っ・・・雀翔!!」
「真輝ぃ!!」
だが、2人の大技がお互いを庇い合うように敵の魔法を相殺した。
「雅、無事か?」
すぐに雅のそばへ駆け寄る典。肩から着地した彼女に手を差し伸べる。
「ありがと・・・典も大丈夫?」
雅も起き上がりながら典の様子を気遣う。

 「何故だ・・・何故そこまで他人を想う・・・?」
テンペストは愕然として助け合う典と雅を見つめていた。愛など無縁の世界で創られた彼女には2人の信頼を理解できなかったのだろう。
「何だ・・・この気持ちは・・・・・・不快だ・・・」
胸を押さえてうずくまる。神族の娘だった部分が、2人に対して奇妙な羨望に近い感覚を抱いてしまったのか。愛したい、愛されたいと言う欲望が邪悪な意志によって歪んだ殺意となり、彼女の精神ばかりか肉体をも蝕み始めた。
「苦しい・・・誰か・・・・・・助けて・・・」
苦しそうに喘ぎ、力無く伸ばした手は虚空を掴むだけだった。哀しそうな眼が雅の視線と交差した直後、床へくずおれてしまった。
「典・・・何か変だよ・・・?」
尋常ではない気配を察知したのか、雅が典の腕を引っ張る。
「死んじゃった・・・の?」
「いや・・・何だ、この殺気は・・・」
倒れたテンペストから恐ろしく巨大な殺意が膨れあがる。
「!!!!」
と、彼女の全身が激しく痙攣して異形の怪物へと姿を変えていく。鞭のような触手が幾本も生え、背中の一部が異常に発達し、一つの器官を形成する。その内部から巨大な眼球めいたものがこちらを見つけ、不気味に瞬いた。
「!! 来るぞ!」
『エクセス!』
典が叫ぶと同時に部屋全体が白く輝く。建物全体を揺るがすような大爆発が起こり、壁に少なからず亀裂が生じた。
「・・・古代魔法だと・・・? たかがキメラが扱えるのものなのか・・・」
咄嗟に展開したバリアのお陰で事なきを得た典が誰にともなく呟く。雅などへたり込んでしまい、一言も発せない状態だ。
 ・・・ちっ・・・このままじゃまずいな・・・
 『エナルロ!!』
今度は一帯が高電圧の海となり、典は再びバリアを展開させる。奥義よりも高出力の装備であるため、そうそう連発は出来ない。

 3度目の古代魔法をやり過ごした後で、敵の攻撃が変わった。バリアによって魔法を無効化されると思ったのか、その無数の触手で物理攻撃に転じてきたのだ。
 ・・・今しかない、な・・・
紙一重でそれを避け、座り込んだままの雅に声をかける。
「雅、眼を瞑っているんだ・・・いいな?」
「え・・・? う、うん」
言われるままに雅が目を瞑るのを確認すると、瞬時に怪物の懐に飛び込む典。背中から突出した器官に半ば埋もれているテンペスト自身の顔がそこにあった。虚ろに開かれた目は自分の運命を嘆き、また、諦めてしまったかのような、そんな風にも見える。
 ついさっきまでは敵としか見えなかった相手が、この姿を見てしまったことで敵意と言うよりももっと別の、助けてやりたいと言った思いが募る。
「くそっ・・・!」
やるせない気持ちを拳に込め、典は臨破を放った。

 肉の千切れるような音と、怪物の断末魔が部屋中に響き渡る。
崩れていくテンペストを見送り、典はただ、彼女が来世で幸福を掴むことを祈ることしか出来なかった・・・

6・聖剣


 カステラはいつの間にか東出の部屋の前に立っていた。すぐにでもエターナルフォルツの動作確認と起動準備に取りかからなくてはならないはずなのに、足が勝手にここへ来てしまったとしか言いようが無いほど、どうして来たのか自分でも解らない。
 ・・・あの人が何をしていても私には関係ないじゃない・・・
そう言い聞かせればするほど、気持ちとは裏腹に心が痛む。車中でのエクレアとの会話といい、なぜか最近東出の事が気になって仕方がない。
「・・・どうかしてますわ・・・」
踵を返し、立ち去ろうとするが足が動かない。胸の奥で燻る感覚に振り返らずにはいられなかった。
 恐る恐る覗き込んだ部屋の中には誰も居ない。扉を開け、中へ入る。室内を見回すも、いつも通り殺風景な光景が見えるだけだった。ある物と言えば応接セットに事務机、書棚がいくつか・・・
と、書棚の一つから不思議な違和感を感じた。
 ・・・順番? 位置? ・・・違う、もっと何か・・・
几帳面な東出らしく、書棚の本は高さを揃えてきっちりと順番通りに並んでいた。違和感を感じた書棚もその点は他と変わらずに整列しているのだが。
「色・・・!」
高さの同じ本は光を分解した色の順番で並べられていたのだが、一部だけ緑、青、藍の順番が狂っていたのだ。
 カステラが何の気なしにそれらの本を順番通りに戻すと、機械音と共に突如事務机が前方へスライドし、その下に石造りの階段が地下へとのびていた。
「・・・隠し通路?」
相当古い時代に作られた物なのだろうか、単にそう見せかけているのか、階段の角は丸くすり減っており、湿り気を帯びた黴臭い空気が鼻を突く。
 滑りやすい階段を慎重に降りて行く。かなり奥まで来てから気がついたのだが、何も光源が無いはずなのに辺りの明るさは外とほとんど変わらない。じめじめとした空気も鬱陶しいと言うよりはどこか清澄な雰囲気さえ感じる。
「神様でも住んでいそうね・・・」
まさに聖域という言葉がぴったりの洞窟だった。

 その洞窟の最深部、精細な彫刻による装飾が施された観音開きの扉の前に東出が居た。天翔ける龍が彫られた扉には何かしらの魔法がかけられているのか、ほのかに輝いて見える。
 黒地に黄金色のコントラストが鮮やかな甲冑に身を包み、両腕には鳳凰が翼を広げた姿を象った盾を装備していた―――金獅子の鎧と白鳳の盾・・・東出が勇者の称号を持っていた頃に手に入れた物だが、盾の方はともかくとして、鎧は7年経った今でも装備出来ないということはなく、むしろ東出自身の成長に伴って当時よりも強力になったように思われる。
 しばらくその扉を見つめていた東出だが、やがておもむろに天蚕糸のネックレスを首から外し、扉と同じ材質でできたペンダントを握りしめた。
「・・・・・・七年、か・・・」
感情のない声で言い、目を伏せる。元々この土地にあった洞窟に結界を張り、聖剣を封じて聖域としたのが7年前。修行の名目で世界を巡り、再びこの地へ戻ってみれば亮が妙な集団を結成していた。自分が信じる事のために戦う集団だと言うが、実際はどんなものか。適当に付き合い始めてもう大分経つ。
「早いものだな」
 特別な力が働いているのか、巨大な扉は東出の一押しで簡単に開いた。内部には広大な地下湖が広がっており、正面の桟橋から何かが祀られている小島へ渡ることが出来そうだ。
 長靴の靴音が静寂の中にこだまする。小島にはちゃぶ台ほどの石造りの祭壇があり、何かしらの魔法言語らしき記号がびっしりと刻み込まれ、一つ一つが仄かに光って見える。その中心には実体の掴めない物質が揺らめき、優しい光を放ち続けていた。東出が手に持つ龍を象ったペンダントを翳すと、次第に光が薄れ、祭壇の中心に突き立った一振りの剣が現れる。
 早かったな・・・
東出の頭に何者かの声が直接届く。
「そう言うな・・・人間にしてみればかなりの年数だ」
剣に向かって東出が呟く。先程のは剣の声か。
 我が力を必要とするほどの相手なのか?
声が聞こえるたびに、剣の周りの空気が揺らぐ。呼吸し、生きているのだ。
「解らない・・・お前の力を借りるかも知れない」
 ・・・とりあえず我が肉体だけを使う気か。
剣が発しているのは穏やかだがかなりの光量だ。まぶしく感じることは無いが、不浄の者にはとても耐えられない・・・封印された聖剣だ。
「そう言うことになるな」
苦笑いを浮かべる東出。サークレットが光を反射して煌めく。
 まぁいい、我は汝を主と認めた・・・我を振るう目的を問うこともあるまい。
祭壇の文字が光るのを止め、音も立てずに大地へ沈み込む。剣は台座失ってもなお、その場に佇んでいたが既に光は発していない。声も聞こえなくなった。
「あまり気は進まないが」剣を背中の鞘に納め、来た道を引き返す東出。「その時は頼むぞ・・・相棒」
運命の歯車はただ静かに回っている。緩やかに、だが決して止まることなく。

続く