俺的大長編・3

もう一人のJUSTICE
1・決意

 フラワーパークの騒動も一応収まり、警察やら報道陣やらが到着する頃には何事もなかったかのような賑やかさを取り戻していた。あちらこちらに戦闘の爪痕が残ったままではあったが。

 正義団本部、作戦司令室。
20人近く座れる円卓には僅かに3人しか席に着いていない。
「理解できないわね」穏やかに、そして込められるだけの抗議を込めて優が団長に言う。「納得のいく説明をしてもらおうかしら?」
時計塔から戻った秀達の話を聞いて団長が出した結論に対してだ。JUSTICEの三人を自室に集めて何やら話し込んでいたかと思えば、出てきたのは団長一人。準備もそこそこに栄の応援へと行かせてしまったのだ。そして雅と一緒に自分も出ると言う優に団長が放った言葉は、『ERS出撃不許可』この一言だった。
「足手まとい? 自分の事くらい自分で守れるし、力不足だって数でどうにかなるんじゃないの?」
説得を続ける優だが、団長は腕を組み、瞑目したままでぴくりともしない。ため息を吐いて肩の力を落とす優の気配を感じてか、それまでうつむいていた雅がそのままの姿勢で口を開く。
「・・・華ちゃんが羨ましい・・・少しでも戦えるなら、ただ待っているだけなんて辛すぎるよ・・・・・・たとえ力になれなくても、好きな人を守りたいから・・・」
唇を噛み、小さく震えている姿はまるで別人である。
「話にならないわ」
黙ったままの団長に吐き捨てるように言い、出ていく優。少しして雅も走って出ていった。

「・・・・・・・・・・・・ご主人様・・・」
ずっと微動だにしない団長を心配そうに見つめるキャラメル。と、団長の頭が大きく船をこいだ。
「え゛? ・・・まさか」
恐る恐る回り込み、顔を見ればなんと居眠りなどしているではないか。思わず肩をゆすって叩き起こす。
「もう、しっかりして下さい! 優さんも雅さんもかなり思い詰めてますよ!!」
「ん〜・・・あと5分・・・」
テーブルに突っ伏す団長。呆れた顔になり、それからキャラメルの手がM16に伸びる。目が据わり、優のそれよりも恐ろしい。
「ごーぉ、よーん、さーん、にーぃ、いーち・・・」
がばっ!!
直後、団長の頭があったところにいくつかの穴が空き、銃口からは硝煙がなびいた。
「おはようございます♪」
キャラメルが銃を構えたまま満面の笑みを浮かべる。
「・・・殺す気かい」
団長の表情はかなりマジだった。



 気が付くと栄は有機的な建造物の前に立っていた。フラワーパークの時計塔に開かれたゲートに飛び込んでからどれくらい経ったのか、数分、数時間、あるいはほんの一瞬か。
 まるで心臓の鼓動のように波打つ壁面にはどす黒い液体に満ちた管が張り巡らされていた。建物そのものが一つの生き物であるかのように。
 一回りしても窓はなく、外から中を窺うことは出来ない。確信の持てないまま扉のない門を潜ると、周りの景色が一変して荘厳な雰囲気が漂う神殿のような造りになった。
 ・・・感心しない趣味ですね
 栄には珍しく、そこら中から発せられる障気に肌の内側がざらつくような違和感にかなり苛立っていた。清澄な外見に隠された醜悪な気配が原因か。
 入り口から真っ直ぐ伸びる通路は、奥へ行くほど機械的な内装になっていった。レーザーシャッター、URトラップなども数多く仕掛けられていたが栄を足止めするにはいささか役不足だ。巨大な扉の前に門番よろしく構えていた合成獣など、腕の一振りで肉塊へと変わり果てた。

 最深部とおぼしき大広間は体育館がすっぽりと入ってしまうほどの広さだった。床一面には幾何学的な紋様が描かれており、ただならぬ気配を放っている。
「遅かったな」
部屋の奥ではエイが豪奢な玉座に座っていた。床の模様が不気味なほど彼の存在を際立たせているように見える、まるで万物を蹂躙する覇王のように。
「嘗められたものですね、あの程度のトラップしか無かったのですか?」
適度に間合いをとって栄が止まる。
「そのセリフ、そっくり貴様に返そう・・・一人で俺を倒せるとでも思ったか?」
「まさか」エイの言葉に栄は少し驚いたように見せる。「本気を出すまでもありませんよ」
うそぶく栄にエイは一瞬眉をひそめ、それからさも可笑しそうに笑みを浮かべた。
「面白い・・・ではその自信の程を見せてもらおうか」



 優が自室でパソコンを操作している。画面は通常のGUIではない。
「冗談じゃないわ・・・このまま黙って待ってられるかってのよ!」
いくつものコマンドを次々と入力していくと、一つの表が画面に映し出された。
「とりあえずこれとこれと・・・どうせだから片っ端から持ってくか」
表の全てを選択し、一続きのコマンドを実行する。
しばらくの処理の後に通常の画面に戻ると、電源を落とし、足早に部屋を後にする。

 居住棟4階にはそれぞれ専用のロッカールームが割り当てられている。使う武器の特性上、ERS−02の部屋は他より若干大きめになっているが。
 そのロッカールームと言うよりは武器庫と言った方が正しいような部屋に優がやって来た。勝手に出撃する気だろうか、既にアーマーを装備しており、背中にはラバーズ・エッジとライフルを背負っている。グローブとブーツを着けながら専用兵器の搬出口を覗き込むが何もない。
「・・・あら? おかしいわね」
先程のパソコン操作でホストをハッキングして全てのチェックをクリアしたつもりだったのだが、拳銃一挺出ていない。もしやと思って剣に手をかけるがこっちは簡単に抜けた。ハッキングが失敗したわけではないようだ。
「俺のマシンからじゃないと搬出されねぇんだよ」
不意に入り口付近から声が聞こえた。振り返れば、団長が柱を背にして立っている。
「ったく、んな芸当何時の間に覚えたんだか・・・ハッキングしてまででも行く気か?」
呆れ口調の団長を睨み付ける優。その目にはただならぬ覚悟が秘められているように見える。
「無駄な事はしない主義だからな、止めはしないが・・・ただ、お前一人で出ていって恨まれちゃ気の毒だと思ってな」
「恨まれる? 誰に?」
怪訝な面持ちで訪ねるも、団長は素知らぬ顔で廊下を見るだけだ。
「・・・何よ? あっ!」
廊下には妹三人が準備万端で集まっていた。今までのアーマーと白いショルダーガードを組み合わせた揃いの装備でこちらを見ている。
「あんた達・・・」
「行くなら、みんな一緒だよ・・・お姉ちゃん」
新型のガントレットを装備した雅が一歩前に出る。
「一人で行っちゃったら本気で恨むよ」
修復を終えた華も完全装備だ。
「お姉ちゃん達、みーんな猪突猛進なんだもん・・・あたしが行かないと心配で」
妙に大人びた口調で麗。非常事態になると顔つきばかりか声のトーンまで変わる辺り、どこか人間離れしたところが見える。

 「・・・だとよ」
驚きのあまり固まってしまった優に団長が声をかけた。
「これでも一人で行くか?」
「・・・・・・」
無言のまま妹たちの前に歩み寄る優。
「何があるか、解らないのよ?」
ゆっくりと、自分にも向けているかのような姉の問いかけに三人がそれぞれ真摯な眼差しで頷く。優の顔がふっと和らいだ。
 「それじゃ、改めて・・・」
横一列に整列した妹たちの前に立ち、団長を振り返る。
「ERS出撃許可を団長へ申請致します」
「・・・ERS出撃を俺的正義団、団長の名において許可・・・但しJUSTICEの援護を目的とし、自身の防衛が可能な範囲内での作戦に限定する」
団長がにやりと笑い、優が肩をすくめる。
「それと、俺からだ」
団長が懐から何かを投げる。優の手の中に落ちたそれは、腕時計のようではあるが文字盤などは見あたらない。ちょうど、壮が持っているリストバンドによく似た形をしている。
「・・・これって」
違うところといえばベルトの文字が『JUSTICE−04』ではなく『ERS−02』となっているところか。優の考えが正しければ簡易的な空間制御が出来る装置だったはずだ。
「武器庫と直結してるから・・・何だ?」
何とも言えない表情で腕の装置と団長を見比べる優。
「あ、ありがと・・・」
「感謝しとけ・・・ゲートは開いてある、全員無事に帰還することが必須条件だ・・・いいな?」
団長の確認に全員真顔で頷く。
「よし、行ってこい! 気が済むまでな」
「はい!!!!」

2・潜入


 柱で囲まれた通路を三体の影が駆け抜けていく。侵入者を撃退すべく設置されている嘘神兵を完全に無視して神殿の奥へと疾走する―JUSTICEだ。
 と、先頭を走っていた影が突然停止する。
「ストォーップ!!」
両腕を広げて後続の二人を制止したのは壮だ。センサーで栄を追っていたのだが、通路のど真ん中に電磁シールドが張られていたのだ。不用意に突っ込もうものならひとたまりもない。
「・・・この奥なのか?」
典が通路の奥を指す。三人ともいつものジャケットではなく、きちんとしたアーマーを装備している。これならリミッターもかからず、防御を気にせず常にフルパワーで戦える。
「解除できんのか?」
周囲を調べている壮に秀が問う。流石に力だけじゃ突破できない。
「・・・・・・うっわ、やらし」
何かの装置を発見し、システムの繋がりを一瞬で見破ると突然意味不明なことを言い出す壮。顔を見合わせる秀と典に簡単に説明する。
「あ〜・・・さっきの広間、道が分かれてたろ? それぞれ一番奥にスイッチがあって、それを全部操作しないと開かないな、これ」
「手の込んだ時間稼ぎだこと・・・」
淡々とした壮の説明に苦笑いの秀。やれやれといった風に頭を掻き、来た道を引き返す。
「時間がない、急ぐぞ」
典にせかされて三人は再び走りだした。

 先程走り抜けてきた広間には、最初入ってきたものと今来た一本の他に4つの通路が繋がっていた。壮が即座にルートを確認する。
「左の二つは一番奥で繋がってるな・・・どーする? って、せっかちな奴らだな」
二人が右の通路にそれぞれ飛び込んで行くのを確認すると、壮もまた、どこからともなく重機関銃を取り出して左の通路へ進んでいった。
「やーな予感がするぜ・・・」


 同じ頃、ERSがゲートを抜けて到着した。
 JUSTICEの到着からERS出撃までの短時間で可能な限りの検索を行った結果、旧正義団跡地に特殊な空間を重ねる形で存在していたこの建物を発見することができたのだ。そう見ればシルエットが団舎に似ていなくもない。
「行くわよ」
建物の醜悪な外見に圧倒されつつも内部へと踏み込む四人。そこへ待ちかまえていたかのように魔物の編成部隊が襲いかかってきた。植物と悪魔の合成という、他に類を見ないキメラであるソルジャーローズと、それが突然変異によって知能が格段に上昇したスパイクロードだ。
 無数の棘が生えている腕を鞭の様にしならえて飛びかかってきた一体を、すかさず優のプラズママグナムが捉えた。断末魔の叫びも上げずに吹っ飛ぶソルジャーローズ。それを合図に他のソルジャーローズが一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「スパイクロードを先に倒して! 仲間を呼ぶよ!」
集団から一歩離れたところで様子を窺っているスパイクロードを指して麗が叫ぶ。それが聞こえたのか否か、スパイクロードの陰から新たなソルジャーローズが数体飛び出した。
「みんなふせて!」
雅が大きく宙返りして集団から離れたところへ着地し、奥義の構えをとる。集団相手ならこれが一番手っ取り早い。
「龍醒ぇー!!」
全身から放たれたエネルギー波が群がる敵を蹴散らしてゆく・・・筈だったが。
 ・・・ぺすん。
湿気た火薬のような音がしただけで、放出されたエネルギーはそのほとんどが空中に拡散してしまった。
「あ? あれぇ!?」
自分の掌を不思議そうに見つめる雅。その間にもスパイクロードはソルジャーローズを増殖してゆく。
 「ちっ!」
集団の隙を縫って優がプラズママグナムを発射した。青白く輝く光弾がスパイクロードめがけて奔る。しかしスパイクロードは眼前に迫った光弾を避けるどころか、腕(蔓?)の一振りでかき消してしまった。
「うっそ・・・」
別に何か特別なことをしたわけでもなさそうだ。魔力の流れも感じられない。
「エネルギー満タンなのに」
一撃でサイクロプスの息の根をも止めることも可能な出力の武器が、華奢なボディのキメラにあっさりと弾かれてしまったショックはかなり大きい。
 「ビームとかがダメみたい・・・」
呆然とする優に襲いかかったソルジャーローズを蹴り倒しつつ華。麗の出した結論を手早く伝える。
「なるほど・・・だったら話が早いわ!」
プラズママグナムを手首のスナップで倉庫に戻し、そのまま背中の剣を抜き放つ。周囲のソルジャーローズを2体同時に斬り捨ててスパイクロードへ突っ込む優。
「はぁああああああ・・・・・・秘剣・緋焔ッ!」
ラバーズエッジの刃から迸った真紅の炎が薔薇の悪魔を灼き尽くす。回避することも出来ずにスパイクロードは炭となった。

 統率者を失った集団は蜘蛛の子を散らすように逃げだし、広間には不気味な程の静寂が訪れた。
「・・・やっぱり、この空間そのものが何か特別な力で覆われているわ・・・ビームやエネルギー波は拡散しちゃうし、衝撃波もほとんど飛ばないみたい。 剣と拳、実弾系の銃・・・物理攻撃だけが頼りになるね」
麗がパームトップの端末で調べた結果を報告する。
「レーダーもあまり役に立たないよ、お兄ちゃんたちも居るってことしか解らない」
グローブを外して爪を噛む。珍しく焦っているようだ。キーを打つ手に余裕が感じられない。
「とにかく、先へ進まないことには始まらないわ」
落ち込んだ様子の雅を励まし、姉妹は奥へと続く通路へ足を踏み入れた。

3・刺客


 巨大な部屋のほぼ中央で同じ顔の二人が激突していた。
攻撃、防御、回避、どれをとっても全くと言っていいほど同じタイミングで繰り出されている。
 何度も稽古をした舞台のような攻防はいつ果てるともなしに続いている。と、やはり同時に後方へ飛び退く二人。
「・・・成程、少しはやるようだな」
長い髪を掻き上げてエイが構えを解く。
「・・・・・・」
薄笑いすら浮かべるエイとは対照的に、栄はかなり疲労していた。床に描かれた模様が魔方陣にでもなっているのか、異様なほど体力が削られ、息も荒い。汗で落ちそうになった眼鏡を直し、息を整えながら自身の分身を睨み付ける。
「そう睨むな・・・俺も貴様も元は同じ存在ではないか」
「違う! ・・・少なくとも私は他人の苦しみを望んだことなど無い!!」
思わず声が荒くなった栄を嘲るように見やるエイ。椅子に座り直し、スポーツを楽しんだ後のようにくつろいだ表情を見せる。
「『非道』という点では大差ないだろうに・・・・その冷たい体で何人の女を泣かせてきた?」
栄の表情が凍り付く。それを面白そうに嗤うエイ。
 「一つ面白いことを教えてやろう・・・あの男の束縛を逃れた後、俺はある崇高な魂を封印した遺跡を発見したのだ・・・その強大な力はほんの数年で結界を突破し、4つに切り裂かれた魂は己を封印した神の尖兵に対して凄まじいまでの憎しみに満ちていた・・・」
エイの言葉と同時に背後の壁がせり上がっていく。
「想像できるか? 切り裂かれ、封印されていてもなお、外部へ発することの可能な感情・・・俺は戦慄を覚えた これほどの力を我が物にすることが可能ならば、と考えると体の震えが止まらなかった・・・」
壁の向こうにはキメラの培養器によく似たカプセルが4つ、並んで設置されていた。ガラスと培養液の反射ではっきりと見えなかったが、中には確かに小柄な人影が見える。
「奴が俺に与えた頭脳はその魂を納める器を作り出すことに役に立った。 フッ、自分でも驚くほどにな・・・次は奴の創った木偶共がその器を昇華させるのに役に立つ・・・全く、感謝してもしきれぬな」
4つのカプセルがほぼ同時に作動し、中に入っていた何者かがどこかへ転送される。と、周りの壁面がモニターとなり、建物すべての通路を映し出した。
「――――――!!」
バリアの解除スイッチ目指してひた走るJUSTICEとそれを追うERS、各種トラップの位置などが手に取るように解るパネルが中央に設置されており、それを囲むように液晶ディスプレイがそれぞれの目的地とおぼしき部屋を表示している。そしてその部屋の中央が不自然にゆがみ、異空間から何者かが出現した。先程転送されたカプセルの中身だろうか。
 やがてその姿が完全に実空間へ移ると、そこには一糸纏わぬ姿の少女達が立ちつくしていた。いや、四人共いささかボリュームのありすぎる胸のふくらみや柔らかな腰の曲線は艶めかしい色香を漂わせているが、あるものは肩から肘にかけての筋肉が不自然に発達しており、両手には鋭い鈎爪が揃っている。またあるものは腰椎の辺りから骨が変形したとおぼしき突起物がまるで装飾品のように腰を飾っている。
「気高き神族の娘と醜い大悪魔のキメラ、そこに宿る邪悪なる魂・・・美しいとは思わないか? これほど自然の摂理とやらを冒涜する行為はあるまい」
目覚めの悦びを満喫するように動き回るキメラ達を眺め、実に愉快そうに笑うエイ。
「貴様の仲間とやらに最高の苦悶を与えてやろう・・・そう、そして貴様はここで何も出来ず絶望のうちに死ぬのだ!」
叫び、エイが腕を振り上げると同時に床の魔方陣が発動した。
「なんだとっ!!?」
咄嗟のことに回避するまもなく力場に押さえ込まれる栄。容赦なく襲いかかる重力に立つことすら敵わずに片膝を付く。
「ふん、いい様だな・・・貴様等はそうして地面にへばり付いているのが似合いだ」
冷酷な瞳で見下ろし、足で頭を踏みつけて倒れ込ませる。既に眼鏡など原型も解らないほどにつぶされていた。
「ぐっ・・・皆に手を出すな・・・」
「他人より自分の心配をしたらどうだ? 尤も、奴らがくたばるまで殺しはしないがな」
言い放ち、、再び元の椅子に座り直した。
「そこでは画面が見えにくいだろう、貴様のメモリに直接送ってやる」
エイが嗤いながらコントロールを操作すると、栄の頭の中に鮮明な映像が映し出された。これでは目の逸らしようがない。
 「くっ・・・」
手も足も出ない悔しさに奥歯を噛み締める。これほどの屈辱など味わったこともなかった。少女の姿をしたキメラはモニタ越しに見ても恐ろしい殺意を秘めているのが解る。独りで来たことを後悔すると同時に、今はただ僅かな可能性を信じて待つしかなかった。
 と、四体の中では一番小柄だが、自身の身長ほどもある巨大な剣を携えたキメラが笑うのが見えた。何を見たのだろうかと無意識に彼女の視線を追うと、きちんとその通りに視界が移動するではないか。
 ・・・気の利いた嫌がらせだ・・・
まるでカメラの位置に自分が居るかのように自由な角度で辺りを見回すことができ、部屋の移動も考えるだけで簡単に行える。しかも倍率まで任意に設定出来るのか、瞬きする少女の睫毛の本数まで数えることが出来そうな程にまでズームしてしまい、慌てて元に戻す。こんな状況でなければシステムを解析して新製品の構想でも練るのだが。
 そのキメラが見た先には見覚えのある姿があった。濃紺のアーマーを装備した秀があどけない笑顔のキメラを前にして戸惑い、立ちつくしている。

 素裸だというのに恥じらう様子もなく、挑戦的な眼差しでこちらを見つめるキメラの少女。細かいところまで創り込まれていないのでいくらかマシだったが、それでも目のやり場に困ることは変わりない。なるべく相手の顔だけを見るようにして秀が少女に近づく。
「・・・お前もここのキメラか?」
視界と間合いがちょうどいい位置で止まり、問いかけた。
「『パニッシュメント』」指を一本立ててそれを遮る少女。「一応名前くらいあるの、『お前』なんて馴れ馴れしく呼ばないで」
どっちが馴れ馴れしいんだ・・・呆れつつも訂正する秀。
「じゃあパニッシュメント・・・パニでいいな? お前はここのキメラなんだな?」
「ほら、また・・・」
やりにくそうに頭を掻く秀を見て可笑しそうに微笑むパニッシュメント。
 「お兄さん、アレでしょ? バリアの解除スイッチ探してるんでしょ?」
禍々しいオーラを放つ段平を放り出して人なつこく話を始めた。どうも戦う意志は無いらしい。
「おま・・・パニが知ってるのか?」
パニッシュメントの言葉に思わず声が大きくなる秀。彼女はそんな反応をとても嬉しそうに見、一歩大きく踏み出すと秀の顔を見上げて言った。
「キスしてくれたら教えたげる・・・どう?」
「はぁ?」
血のように赤い瞳が悪戯っぽく煌めく。じっくり見れば幼い顔立ちながらもなかなかの美人だ。秀の顔に一瞬朱みが刺す。
 突拍子もない条件を出されて返答に困っていると、ふとパニッシュメントの顔が険しくなった。秀の背後、部屋に一つしかない出入り口を鋭く睨み付けている。
「・・・?」
何事かと振り返って見ても別段気になるところはない。さっき通ってきたときと全く同じ、ミスリル地に何の装飾もない白く殺風景な壁面があるだけだ。と・・・
 ぶんっ!
秀の頭上、ほんの数ミリ上を何かが薙いだ。反射的に間合いを離して構えると、パニッシュメントが鞘に収めたままの段平を片手で軽々と振り回している。いくらキメラが外見からは想像できない力を発揮することがあるとしても、自分の身長よりも巨大な大剣をまるで重さを感じさせることなく扱うなど力の持ち主など見たこともない。単に剣が軽いのなら空気を斬るだけであんな重々しい音が出るはずもない。
・・・俺が気配を感じなかっただと・・・!?
背筋に冷たい物が走る。
「全然ダメねぇ〜・・・今の、本気だったら間違いなく死んでたわよ?」
こともなげに言ってのけるパニッシュメント。
「ま、そんな勿体ないことしないけど・・・とりあえず、キスはおあずけみたいね」
秀が気づくより一瞬早く、一つの透明な球体が彼の体を包み込んだ。抵抗する間もなく宙へ浮かび上がる。
「どういうつもりだ!? パニ!!」
球体の壁面を殴り、叫ぶ秀。だが自分の声がいやに響いて聞こえる。殴りつけた振動も音となっていつまでも聞こえた。
「無駄だよ、その中からじゃどんな物も表に出せない・・・エネルギーも、音ですらね」
剣を抜き、こちらを見上げるパニッシュメントの体全体から邪の刻印と呼ばれる戦闘力強化の刺青が浮かび上がった。同時に、これまで感じることの無かった恐ろしいほどのマイナスエネルギーが溢れてくる。
「アナタの声は私にしか聞こえない・・・」
勝ち誇るような言葉が終わると同時に、秀を包んだ球体は天井ぎりぎりまで浮かび上がり、部屋の中央まで移動した。そしてパニッシュメントの視線の先には幾多の魔獣の体液で妖しく濡れた蒼い刃を握りしめている優の姿があった。
 ここまでに無数の敵と戦ってきたのか、髪は乱れ、大量の返り血を浴びたアーマーは紅色に染まって紫にも見える。上気した顔で秀を見上げて一応の無事を確認するとほっとしたように顔をほころばせた。
「来たわね・・・殺してあげるわ・・・」
「・・・・・・言ってくれるわね・・・子供は引っ込んでなさい」
お互いに間合いを調整しながら距離を取る。緊迫した空気が暗い部屋を満たした。

 「始まったようだな・・・・・・よく見ておけ、愚者の無惨な死に様をな・・・」
栄の方を振り向きもぜずにエイが言う。各部屋のキメラがそれぞれ誰かと対峙している様子がモニターに映っており、戦況がリアルタイムに表示されていた。
 栄が床に爪を立てる僅かな音を聞き、口の端を歪める。
「It’s a Show−Time」
声を殺して笑うエイの影でいやらしく高笑いする存在を今はまだ、誰も知らない。
恐らくは、エイ自身でさえも・・・

続く