俺的大長編・2


4・銃撃

 おどろおどろしい形相の生き物や立ち枯れた木々のオブジェが並ぶ一帯を二つの影がそろそろと進んでいく。
「・・・お、お姉様、本当にこちらでよろしいんですの?」
いかにも『何か』出そうな雰囲気に腰が退けてるのはカステラだ。耳で聞く怪談などはちっとも怖がらないくせに視覚を伴うホラーにはめっぽう弱い。
「だって、何か聞こえるんだもん」
妹とは対照的にケロリとしているのはプリン。彼女の場合、恐怖よりも好奇心の方が強く出ているのでずんずんと進んでいく。むしろただ静かにしている方が苦手なのだ。
「ご主人様も来てるんでしょ?だったら向こうにいるかもよ」
立ち止まり、カステラの方に向き直る。
「恐いと思うからダメなんだよぉ、出てきてからだって逃げられるんだから」
根拠のない説得を始めるプリン。妙に自信たっぷりな口調に笑いかけたカステラの顔が凍り付く。
「お・・・ぁ・・・」
「だからそんな顔しちゃダメだってば・・・何?」
震える指でプリンの背後を指し、じりじりと後退るカステラ。不思議に思ってプリンが振り返ると、
「ぅわぁ!」
薄闇の中に延びる道を、ゾンビやスケルトン等の無数のアンデットが群れを成してこちらへ向かってきていたのだ。
「に、逃げるよ、カステラちゃん・・・って」
固まったままのカステラの手を引いて再び後ろを向いたプリンの視界に、前方と同じ光景が飛び込んできた。
「・・・挟まれちゃった」
まるでオセロゲームでもしているかのようなトーンでプリンがつぶやく。ようやく我に返ったカステラがM92Fの銃口を前方に突き付けた。
「そ、それ以上近付いてごらんなさい!頭の風通しが良くなりますわよ!!」
無論、ゾンビの群れにそんな警告が通じるわけもなく、どんどん追いつめられていく二人。背中合わせになって銃撃を開始する。

「リアルバイオだ!」
何回目かの装弾をしてプリンが叫ぶ。ゲームと違うのは倒した敵が煙のようにかき消えてしまうところくらいか。
「そんなのんきなこと・・・仰らないで!」
カスタマイズしてあるとはいえ、M92Fではプリンのパイソンと比べるといささか見劣りする威力しかないため必然的に多く撃たなければならない。カステラの足元には空のマガジンがいくつも転がっていた。
 こうしてどれくらいの時間が経っただろうか、群れの中で一際大きな体のゾンビが走るように襲ってきた。
「くっ・・・!」
5発の銃弾を受けてなおも迫る敵に照準を合わせ、再度トリガーを引き絞るカステラ。
・・・かちん。
しかし、M92Fの撃鉄は空しい金属音をたてただけで、その銃口からは何も射出されない。空になったマガジンを落とし、次のマガジンに換装すべく機械的な動作で左手をポーチに伸ばす。
「!」
だが、その手に飛び込んできたのはバラの弾丸だった。300発分、20個あったマガジンは全て撃ち尽くしてしまったのだ。
「お姉様!」
次の瞬間には思わず声が出た。声に遅れて振り返れば、プリンもまたパイソンを構えたまま固まっている。
「・・・ゴメン、アタシも終わっちゃった・・・」
銃撃によるダメージでスピードは落ちたが、その間にも敵はぐんぐん近付いてくる。建物に逃げ込もうにも扉はおろか窓すらない。虚ろに濁る瞳で迫り来る生ける屍に為すすべもなく辺りを見回す二人。先程の一体が手の届きそうなほどの距離に迫り、一気につかみかかろうと腕を振り上げた時にはもう、二人は互いを庇うように抱き合っていた。

・・・どふっ!

 肉を潰したような音がして、召喚された魔物が消える時特有の蒸発音が響く。そして誰かの気配と聞き慣れた、安心できる声。特に、プリンにとっては。
「集団で女の子二人を襲うたぁ・・・非常識な奴等だ」
いつも通りの緊張感のないトーンで喋るのはコイツしか居ない・・・壮だ。コンバットマグナムを懐のホルスターに納めつつ振り返る。
「大丈夫?怪我とかない?」
優しく笑いかける壮を見て、プリンの顔が一気に紅くなる。
「は・・・はぃ・・・」
通常とまったく違う姉の態度に目が点になるカステラ。まともに壮の顔を見られないプリンに代わって話を引き継ぐ。
「助かりましたわ、有難うございました・・・ときに、この騒ぎは一体何ですの?」
「さぁ?僕が聞きたいぐらいなんだよね、何が何やらさっぱり」
カステラの問いに肩をすくめる壮。近くにあったベンチに腰を下ろして押し寄せるゾンビの群れなど気にもとめていない。事実、ある程度の距離まで近付いた敵は何か見えない力で消し去られている。攻防一体型のバリアだ。
「ま、とりあえず皆の所へ戻ろう・・・話はそれからだ」
そう言って立ち上がり、壮が二人の肩に手を置いた瞬間、三人の姿は忽然と消えていた。


 どこか遠くで銃声が聞こえる。禍々しい力がはたらく気配と怯える人々の息づかいが精神を刺激し、刃物を突き付けられたような鋭いイメージが急激に意識を呼び戻す。
「ぅ・・・・・・ん・・・・・・あ、あれ?」
華が目を覚ました。ぼんやりと開いた瞳に心配そうに自分を見ている顔が映る。鈍く痛む頭の中を整理してどうにか事態を把握することができた。
「あ・・・みんな、大丈夫?」
華の声を聞くと、皆一様に安堵の笑みを浮かべ、口々に「大丈夫?」とか「どこも痛くない?」などと聞いてくれる。その心遣いが嬉しかったが、自分を助けてくれた筈のキャラメルの姿が見えない。
「キャラメルさん?」
全員の顔がはっとなる。不思議に思って辺りをよくよく見回せば、どうやら植え込みの中のようだ。周りを背の低い木々が覆っており、茂みの向こうから断続的に銃声が聞こえる。
「オーガ・・・一人じゃ危ない・・・」
キャラメルと格闘していたのは、体長5mはあろうかという大きさのオーガだった。
飛び出そうとする華を懸命に止める友達。振り切ろうにも傷のせいで力が入らないのだが。

 岩ほどもある大きさの拳が唸りを上げて顔をかすめる。いくら人間以上の動きが可能だとは言っても、戦闘を目的として作られていないキャラメルに苦戦は必至だった。しかもその鋼の肉体は、アサルトライフルM−16の弾丸などまるでB.B.弾のように弾き返してしまうのだ。
「小娘、動きはいいな!!」
キャラメルにかわされた自らの拳が空を切る感触を楽しんでいるかのようにオーガが叫ぶ。彼が本気になればキャラメルのフレームなどひとたまりもない、回避動作に入る前に骨格の全てがバラバラになっているだろう。オーガにとっては犬がおもちゃに戯れるかのような、その程度のレベルだった。
「しかし・・・それだけでは面白くない」
言い、その場で止まるオーガ。十分な間合いを取り、荒い呼吸でキャラメルが銃を構える。効果がないと解っていても気分的に構えないわけにはいかなかった。
「儂を満足させるには役不足だったな、気の毒だが・・・ん?」
オーガの言葉が止まる。その巨体の影でキャラメルには見えなかったが、背中に何かを受けたようだ。ゆっくりと振り返るオーガ。その背中には無数の微少な弾痕があった。
「・・・ミスリルか」
鋼の肉体を傷つけたのはミスリル製の弾丸だ。金属そのものに含まれる魔力によって、魔力による防御を持つ者でも傷つけることが出来る。そして、特別な使い方をすればより大きな威力を生み出すことの可能な武器だ。
「だがこの程度の傷で儂は倒れぬぞ?」
不敵に笑うオーガの影にはショットガンを構えたエクレアが立っていた。背中の傷は散弾による物だろう。
「へぇ・・・でもなぁ、今のアンタはある有名なセリフで例えるとこうなんだぜ?」
エクレアのセリフと同時にオーガの背中の傷が発光する。光が創り出した形はキャラメルにも見覚えがある、魔性の者を葬る魔術で使われる魔法陣と同じ形がくっきりとオーガの背に現れたのだ。
「お前は、もう、死んでいる・・・ってな」
ポーズだけでなく声もまねるエクレア。途端、オーガの背と言わず、全身至る所から光が溢れ、鋼の肉体を貫き、崩していく。断末魔の絶叫をあげる暇もなく、オーガの姿は消滅した。
「一度言ってみたかったんだよなぁ、コレ」
満足そうなエクレアに声のでないキャラメル。茂みの中で見守っていた華達にも、何が起こったのか理解できなかった。ただ、普通のショットシェルを発射したのではないということは何となく解ったが。
 何か言い合うキャラメルとエクレアを眺め、華の意識は再び遠のいていった。

5・直感


 フラワーパークのほぼ中央にある建物、センタービルにほぼ全ての人々が避難していた。
幸いここには魔物が出現した形跡はなく、宿泊施設などが併設されているため収容できる人数にもかなり余裕がある。モンスターの後始末を三太とミルフィーユに任せ、団長も戻ってきた。

 サロンの一角で正義団一行がなにやら話し込んでいる。
「スペルショット?」
カステラのM92Fを改造しながら言ったのは壮だ。オートリロード、いわゆる無限弾を組み込んでいる。
「ああ、弾撃って魔法陣描く奴でしょ?案外難しいんだよね」
喋りながらも作業の手が止まることはない。
「ある程度魔力を溜められる弾丸じゃないと出来ないし・・・はい、完成」
無限弾(と言っても理論上の話で、リロードの手間を省くだけなのだが)になったM92Fをカステラに渡す。隣ではプリンが真っ赤な顔でかちこちに固まっていた。
「その手間を省いたのがこのショットシェルだ、予め魔法陣の形に着弾するように散弾を込めてある・・・描くのが面倒な奴も一発で出来るとゆーわけだ」
誇らしげにそう語るのは団長だ。二つほどを手のひらで転がしながらふんぞり返る。天井を仰いだ顔に何かが襲いかかった。

すぱーん。

 「何やっとるか」
秀が園内の見取り図を丸めてひっぱたいたのだ。
「とりあえず魔物が出現した位置を描いてみたが・・・」
秀から地図を奪って典がテーブルの上に広げた。赤いマーカーであちこちにペケ印が描かれている。
「一部抜けているな」
「ここにも居たぜ・・・後は栄だけか、アイツが一番遅いなんて珍しいね」
壮が入り口近くのゾンビの群れを描き加える。これでほぼ全域にペケ印が付けられた。
「・・・まぁ奴のことだ、何か考えがあるんだろうがな」
団長のつぶやきは自分に言い聞かせるような、そんな風にも聞こえた。


 いくらか真面目な話をしている隣のテーブルでは少し遅い昼食が始まっていた。
「・・・ちょっと食べ過ぎじゃないの?」
コーヒーを啜り、呆れたように優。彼女の正面で雅がハンバーガーにかぶりついたまま顔を上げる。テーブルの上には包装紙が3枚程重なっていた。
「だって、お腹空いたんだもん」
何事も無いかのように言い、あっという間に平らげてしまった。いくらフルパワーでストレス発散したとは言っても見上げた食欲である。
「・・・太るわよ」
5つ目に伸ばした手が止まる。流石に引っ込めるかと思いきや、
「ロボットだから大丈夫」
さらりと言ってのけたのだった。
 雅が大食いしている横ではタルトとサブレが口の周りをケチャップまみれにしてホットドックをかじっている。彼女たちの口にはいささか大きめのようで、パンの間からはみ出さんばかりの具に悪戦苦闘していた。
「あ〜・・・ん」
限界に近く大きな口を開けてかじりつき、いっぱいに頬張る。こちらも雅に負けず劣らずの食べっぷりだ。
「・・・ねぇ、はーちゃんだいじょうぶかなぁ?」
最後の一口を飲み込んでサブレが言う。キャラメルに背負われて担ぎ込まれた華の心配をしているのだ。
「おねえちゃんもおひるごはんたべてないよぉ?」
優を見上げてタルトが言う。その華を別室で治療している麗のことだ。二人とも手と口はべとべとだったが奇跡的に服は汚れていない、洗濯物が増えずに済みそうだ。
「それじゃあ、みんなで持っていってあげようか?」
口の周りを拭ってやり、優が二人を促して立ち上がる。
「ちょっと見てくるわね」
一応声をかけたが、隣の話はまだ長くなりそうだ。



 一通り園内の見回りを終えた三太とミルフィーユが逃げ遅れた人達を引率してセンタービルに向かっている。全ての魔法陣を潰し、破損した建物の修復も行うと魔王の魔力をもってしても流石に疲れる。
「・・・」
前方を見据え、顎に手を当てて考えながら歩いている三太。人型時のルックス(全身黒ずくめ&黒マント)が原因か否か、彼の周りにはほとんど人が居ない。もっとも、彼自身にとってもその方が好都合なのだが。
「みなさ〜ん、あちらが目指すセンタービルでございま〜す♪」
三太と対照的に、ミルはノリノリだった。どこから持ってきたかツアーコンダクターのコスプレまでしている。
「地上12階、地下5階、ショッピングセンターからホテルまであらゆる設備を備えたまさに当園の中心的建造物でございまぁす」
拾ったパンフレットを面白可笑しく読み上げ、人々のノリも上々だ。天職だろうか。
「さぁらに、防災面におきましてもこれまでの常識を打ち破る画期的な新システムを採用しておりま〜っす♪」
ウソかホントか、パンフレットにも載ってないような事をぺらぺらと喋り、三太に突っ込まれたりもしていたが。

 そんなプチ旅行もホールでの解散号令と同時に幕を閉じた。ミルも元の姿に戻る。
 三太は再び銃器談議に花を咲かせていた団長をほっといて秀に声をかけた。
「栄はまだ戻ってないのか?」
テーブルに向かって秀の右手に座る。正面に典、その横には雅だ。結局買ってきたハンバーガー10個全てを平らげてしまった。
「ん? あぁ、だよな?」
曖昧な返事をして背中合わせの形で座っている団長に振る。
「途中で別れたんだが・・・少し様子がおかしかったのでな」
話を中断して考え込む団長。口を開いて顔を上げたその時、
「あ、華ちゃん」階段から現れた華を見つけて雅が声をかけた「もういい・・・の?」
しかし華は立ち止まることなく全速力で集団の横をすり抜けて行ってしまった。
「なんだろ? 急いでたみたいだけど・・・」

 一同が顔を見合わせているところへ程なく麗と優が息を切らせてやって来た。さすがに足の速さじゃ敵わない、肩で大きく息をしながら概要を告げる。
「・・・は、華が・・・来たでしょ・・・」
サブレとタルトを担いで走ってきたのか、優の呼吸はかなり荒い。雅が水を差し出すと一気に飲み干した。
「ふぅ・・・突然起きあがって『栄さんが危ない』って・・・」
「まだ完全に治ってないのに・・・力だって半分も出ないんじゃないかな」
ようやく落ち着いた二人が詳しく話し始める前に秀が立ち上がる。
「追うぞ」
無言のまま典と壮が続く。気を逸した団長はそのまま言葉を飲み込んで黙っている。
「ぼ・・・ボクも行った方がいいのかな?」
ドアと団長を交互に見比べて雅。何があるか解らないときには非常戦力になる駒だ。どうせ止めても聞きはしないだろうし。
 そんなことで、栄を除くJUSTICEと雅は華を追って栄の元へと向かっていった。華が実際に栄に近付いているかは解らないが、今は彼女の直感を頼るしかないのだ。

6 邂逅


 その少し前、栄は時計塔の前に立っていた。初めにここを通ったときから奇妙に懐かしく、それでいて恐ろしいまでの気配を感じていたのだ。騒ぎが落ち着き、魔物の気配も失せた今、それは一層色濃く辺りを覆っている。
 ・・・らしくありませんね、一人で来るなんて・・・
栄が何の計算も無しに得体の知れぬ気配の持ち主を相手にする、自分でも不思議なくらいにスムーズに、一切迷うことなくそんな判断を下した。三太に告げればいくらでも増援を頼めただろうし、冷静に考えればそれがもっとも得策だ。ただ、本能的に一人で来ることを選んだ。他の誰かに見られたくなかったのか、扉の向こうにいる相手におおよその見当が付くからなのか、それは自分でも解らなかったが。
 ノブに掛かる手が震える。『彼』に逢える・・・まるで恋する相手でも見つけたような感覚だ。
・・・ぎぎぃぃ・・・・・・軋んだ音を立ててゆっくりとドアが開け放たれた。扉の向こうにはコールタールのような闇が渦巻き、ぎらぎらと不気味な光を湛えている―――闇の扉だ。
「異相空間・・・」
驚きが思わず声に出る。異相空間―――ここであってここではない、それは過去かもしれないし未来の世界かもしれない。地上でも空中でもあり、同時に水中でもある。何者にも干渉されず、外部へ影響を与えない・・・実世界と完全に切り離された空間だ。
 だが躊躇っても仕方のないこと、意を決して闇の扉へ踏み入れる。
 栄の姿が完全に飲み込まれると、闇の扉は跡形もなく消失してしまった。


 銀髪を振り乱して走る華。ただっ広いパーク内を直感だけで時計塔にたどり着いてしまった。とは言え、既に闇の扉が閉じてからかなり経っている。開け放たれた時計塔の扉内部には何の変化も見受けられない。一応中も調べたがおかしな所は見つからなかった。
「・・・すごくイヤな予感がする」
誰もいない時計塔の周りを隅々まで調べる。『栄は時計塔に居る』この不確定だが明確な考えだけが今の華の支えになっていた。


 闇の扉を抜けると、そこにはただ虚無の空間が広がっていた。床(地面?)は真っ平らなプレートで出来ており、天井(空?)はまったく見えない。勿論、四方を囲む壁などなく、今入ってきた扉さえ消えている。どこまでも白く霞む空気はまさしく異世界だ。
 果たして、『彼』はそこにいた。殺伐とした景色の中に一人、後ろを向いて佇んでいる・・・瞑想に耽る賢者の如く。
 彼は栄の気配を感じるとゆっくりと振り返った。
「―――!」
宙に鏡が生じたように同じ顔が向かい合う。ある程度の予測はしていたが、自分と相手とは完璧と言っていいほど瓜二つの顔だった。違うところと言えば眼鏡をかけているかいないか程度の差しか見受けられない。―――――エイだ。
「驚いたようだな」
そしてもう一つ、声の質が明らかに違った。第三者がちょっと聞いただけで解るものではないが栄本人の声に馴染んだ者なら簡単に解る。何かがおかしい声だった。
「貴様一人か? らしくない・・・まぁもっとも、俺の計算通りだがな」
高慢な笑みを浮かべるエイ。まるで昔の自分を見ているような嫌悪感を感じる。
「何故・・・この様なことをする?」
外に仕掛けられた魔法陣のことを、穏やかだが強い口調で栄が問う。
「聞いてどうなる? 俺が求めるものをお前が支払うとでも言うのか?」
「・・・」
無限の空間でにらみ合う二人。
「フッ、まぁいい・・・どのみち貴様は目障りだ」沈黙を破り、ローブを脱ぎ捨てるエイ。「消えろっ!!」
叫び、裂帛の気合いで間合いを詰めてくる。そのスピードに栄が一瞬遅れた。
「!!!」
必殺の一撃は栄の喉元を捕らえたが、ほんの少し手前で止められた。小さく凝縮されたエネルギーがエイの指先でスパークし、やがて消える。
「・・・・・・?」
不審に思い、横目でエイを追う栄。当てるつもりは無かったのか、それとも攻撃できない理由があったのか・・・エイが栄の遙か後方を見つめ、薄く嗤った。
「・・・嘘・・・」
振り返らずとも解る、誰よりも愛しい人の気配だったのだから。
「栄さん・・・二人・・・?」
時計塔をくまなく調べていた華が、暗がりへ巧妙に隠されていた闇の扉を見つけて飛び込んできたのだ。突然景色が変わった事に驚かされたところで、栄と、栄に瓜二つの何者かが相対していたのだ。その光景に絶句する。

 戸惑う華を眺め、エイがつぶやいた。
「アレが貴様を変えたのか・・・? フ・・・面白い」
「待て!」
栄が振り返るよりも早く、エイが動き出した。一瞬で華の眼前へたどり着く。
「!」
突如目の前に来た相手をきっ、と鋭く睨む。外見上は栄に似ていても発せられる気配は明らかに別の者だ。凄まじい殺気に圧倒されつつも、臆することなく構えを取る。
「冗談はよせ・・・その程度の力で俺に挑もうとするのか? フン、墜ちたものだな・・・」
後の言葉は栄に向けられたものだ。さっきまで見えていたのに栄の姿が見えない。エイが創りだした空間である以上、全て彼の思うがままに作用するのか、恐らく栄の居た空間とは別の場所へと瞬時に移動してしまったのだろう。
「貴方は・・・誰? 何故こんな事をするの!?」精一杯に気を張って華が言う。
「・・・大した物だ、俺の前に立っていられるだけでも称賛に値する・・・なるほど、奴を変えたというのも頷ける話だ」
エイは一人言い、華を残して消えてしまった。

 「!! ・・・彼女をどうした!?」
追いかける手段をあれこれ考えていた栄の前に再びエイが現れた。
「心配するな、まだ生かしてある・・・ここじゃ何かと都合が悪いだろう、お前にも、俺にもな・・・」
その言葉が言い終わるかの内に、先程華が入ってきたところとおぼしき場所に闇の扉が現れた。
「栄! 無事か!?」
異相空間上に秀が躍り出た。次いで典と壮も飛び出してくる。
「端からここで決着をつける気など無い・・・せいぜい追って来ることだな・・・・・・」
高笑いと共にエイの姿がかき消える。同時に、周囲の景色が実空間へと戻った。
「華さん!」
ホールの中央に華が倒れていた。そばで雅が不安そうな顔をしている。
「完全じゃないのにゲートをこじ開けたりするから・・・」
「栄・・・さん、無事で、よかっ・・・た・・・」
苦しそうに言うと、華は三度意識を失った。

「アイツ、よっぽどのバカか自信家だな 経路がはっきり残ってら」辺りを調べて壮。「どうする? このまま追いかける?」
「そうだな・・・雅、華のことは任せるぞ」
頷く雅。意見が一致しかけたところへ栄が口を挟んだ。
「貴方達もですよ、典君・・・私一人で追いかけます ・・・そうしなければならない、そんな気がするんです・・・」
いきなりのことに戸惑う三人。訳を聞こうと壮が口を開きかけたとき、秀が言った
「・・・解った 無茶な真似だけはするなよ」
「そうそう、無茶だ・・・って! 何言ってんだよ秀!!」
不可解な秀の言葉に思わず声が大きくなる。
「・・・・・・・・・感謝します」
小さく言い残し、壮が開いたゲートに飛び込んでしまった栄。止める間もなくゲートは閉じてしまった。
「あっ! おい栄!! 典!お前も何か言えよ!!」
「・・・栄自身の問題だ、俺達が口を挟む事じゃない・・・とは言え、追いかけるんだろ?」
「さぁな とりあえず団長に言っとくべ」
熱くなる壮とは対照的に至って冷静な秀と典。きょとんとしてる雅を促し、センタービルへ戻っていく。
「薄情な奴等だな・・・」
などと言いつつも壮もまた四人の後を追う。誰もいなくなった時計塔を灼熱の太陽がじりじりと照らしていた・・・

続く