俺的大長編

今回のお話は長いので分割しました。
ご了承下さい。


プロローグ


 8月某日、慌ただしい海水浴やら夏祭りから数日後の夕食時。
それは何気ない一言から始まった。

 「ねぇ典、明日空いてる?」
おもむろに雅が話しかけた。
「空いてたら何だ?」
素っ気ない返事で典が返す。雅の方など見向きもせずに黙々と食事を続けている。
「え?えっとね、フラワーパークのチケットがあるんだけど・・・」
チケットを取り出す雅。『招待券』の文字が印刷されたそれを見て華が口を挟んだ。
「あ、そこ・・・私も行くよ、明日」
「ほぅ、珍しい」
団長が言いつつ漬け物に手を伸ばすが、秀にかすめ取られた。栄と話中でわざとじゃなかったのでしぶじぶ諦める。
「・・・んで、またどうして?」
「遊びに行くんだよ、もちろん」
ストレートに返されて返す言葉のない団長。ほぅとかへぇとか言いながら味噌汁を啜る。
「それで・・・みんながね、典さんを連れてきて欲しいって言うんだけど・・・」
ぶっ、と典が飲んでいた茶を噴き、雅の猛抗議が入る。
「ダメぇ!典はボクと一緒に行くのぉ!!」
口を押さえる典の腕をつかんで引き寄せる雅。いつ決めたんだ、と、むせながらもツッコミを入れる典。
「・・・何で俺なんだよ?」
ようやく落ち着いて問いかける。まだ少し苦しそうだ。
「ダメならいいですよ、あまり期待しないでって言ってあるから」
解りきった状況に冷静な反応をする華。中学生とは思えぬ場の流し方だ。
「人気あるんじゃないの?この子達の年頃には」
「アイドル顔ですもんね」
優が混ぜ返し、キャラメルが付け加える。きょとんとした顔で典を見るこねこ二人と小学生。身内とは言え、数人の女性にまじまじと見られて典がたじろぐ。
「一緒に行けば?」
壮の一言で華と雅が同時に頷く。さっさと気づけよ。

フラワーパーク
1・予兆


 フラワーパーク。一大総合アミューズメント施設としてつい最近オープンしたばかりのテーマパークだ。植物園や水族館、各種アトラクションの他、文字通り季節ごとに色とりどりの花が出迎えてくれる。今の時期はちょうど向日葵がその背丈を競い合うかの如く大輪の花をつけていた。

 「どーしてみんなでついて来るのぉ!」
入場ゲート前で雅の声が響く。何事かと一般客の視線が集中する。
「声がでかい」
すかさず典がたしなめる。
「だってぇ・・・」
上目遣いに見た視線の先には団長を始めとする正義団の連中が勢揃いしており、一様にくだけた格好だ。
「こういう面白そうなイベントを放っておく手は無いだろう?」
全身黒ずくめで見るからに怪しい団長がサングラスの向こうでにやりと笑う。またよからぬ事を企んでなければいいのだが。
 「ほれ、ちょろちょろしない」
落ち着きのないサブレを秀が持ち上げる。隣で優がタルトを抱いているので傍目にはずいぶん若い夫婦にも見えるだろう、知らぬのは本人達ばかりで。
 壮は早々に入場していて辺りには見あたらない。こういった場所ではナンパ以外した試しのない奴のこと、ここで何人引っ掛けてくるだろうか。
「ま、諦めるこったな」
言い、雅の肩を軽く叩いて典がゲートをくぐる。奥の広場に華達の姿が見えた。ぶつぶつ言いながら雅も後を追う。
 「はぐれるなよ、キャラメル」
全員入場したのを確認してから団長。
「ハイっ」
何の疑問も持たずにキャラメルが応える。満面の笑顔で、さも嬉しそうに。


 真紅のシャツが数人の少女達に取り囲まれる。さながら芸能人に群がるファンのようだ。
「・・・・・・・・・ぶぅぅ・・・」
引きつった笑顔の典をうらめしそうに眺めて雅が頬を膨らます。
「何でこーなるんだよぅ・・・」
横目で見れば華は栄と楽しそうに談笑している。初めからこれが狙いで典を連れてこようとしたんじゃないか?などとも思えてきて一層不満の溜息が出る。
「久しぶりのデートなのに・・・ボクの典なのにさ・・・」
やり場のない怒りを抑えてただ黙って一行の後を付いていく。誰が見ても不機嫌だと解る顔で。

 「・・・と、言うわけで、現在工事中の区画で魔物が出現した事例が相次ぎまして・・・」
管理事務所で団長が現場監督と何やら話し込んでいる。
「警察などに連絡は?」
「警察の力でどうにかなるようでしたらわざわざお呼びしませんよ・・・」
まだ若い彼はそう言いつつこれまでのファイルを取り出してきた。
「工事区画に出現するのが不幸中の幸いと言いますか、まだ大きな被害は出ておりませんが・・・何分駐在する戦士が手こずる様なヤツばかりで」
元々の精悍な顔を更に険しくしてファイルを探る。
広げられた写真にはレッサーデーモン、メイジゴブリンなどの中級クラスの魔物が映し出されていた。
「・・・原因は解らない、と?」
写真を園内地図と照らし合わせて団長。特に気になる箇所は見あたらない。
「えぇ、しかし見慣れぬ人物が近くに居たと言う証言もあります」
彼がちょっとした特徴をジェスチャーと一緒に述べると、団長の目つきが変わった。
「・・・了解しました、今から見てきましょう」

 工事中の一角にはシートが張られて一般客は近寄れないようになっており、工事業者も一連の騒ぎでほとんど見あたらない。
団長とキャラメル、そして呼び出された三太・・・と、勝手に付いてきたミルフィーユは現場監督に案内されて魔物が出現したという場所へ向かっていた。
「・・・なんか、こぅ・・・薄気味悪いですねぇ・・・」
団長の腕をしっかりつかむキャラメル。肩には愛用のアサルトライフルを担いでいる。
「照明、死んでるんですか?」
問いかけに頷く監督。明かりは彼の持つ懐中電灯くらいなものだ。
「問題無い筈なんです、配線も、球も・・・どういう訳か明かりが点かないんですよ」
事実、彼の懐中電灯も新品の電池を入れてきたのにその光は弱々しい。何か、科学的には説明のつかない力で光を押さえ込んでいるかのようだ。

「・・・光照【ブライト】」
不意にミルがつぶやく。陰気さに堪りかねたのだろう、光魔法のブライトを発動させると途端に外のように明るくなった。
「明るくなったよ〜」
「出来るなら初めからすればよかろうに・・・」
のほほんとした声が発せられる。呆れて頭を掻きながらの三太のぼやきは床に広がる光景を目にした三人によってかき消された。
「きゃぁっ!」
「んなっ・・・!」
「・・・・・・これは・・・魔法陣?」
100畳はあろうかという部屋の床一面に魔法陣が描かれていたのだ。それも普通の描き方ではない、工事用の延長コード、スケール、ロープなどをつなぎ合わせてある他、床のコンクリートを何かドリルめいた物で削り取って一つの巨大な魔法陣を現していた。
「・・・召喚魔法?ここから魔物が喚びだされたのか・・・」
団長が丹念に調査を開始する。三太も後に続いた。
「シュミ悪いなぁ・・・もっと統一した線で描いてよねぇ?」
ミルがキャラメルに同意を求めるも、はぁ。と曖昧な返事をされるだけだった。
現場監督は何も言えずにその場に凍り付いている。無理もない、こんな物を突然見せつけられてしまったのだから。恐怖で逃げ出してしまってもおかしくはない。
 そんな三人を後目に団長と三太は何かの手がかりを求めて魔法陣をくまなく調べている。


 疲れ果てた様子で公園のベンチに腰を下ろす典。雅の差し出した茶を一気に飲み干す。
「・・・どーしてこう、元気なんだろうな」
背もたれに腕をかけて天を仰ぐ。夏真っ盛りの澄みきった青空が眩しい。
「お疲れ様です」
苦笑する栄。華は友達とどこかへ行ってしまった。
「ねぇ典、あっちに面白そうなとこがあったの、行こうよぉ!」
パンフレットを見ながら広場の方を指す雅。やっと自分の番がきたとばかりに典の腕を引っ張る。渋りながらも立ち上がり、パンフレットのマップを覗き込んだ。
「お二人でごゆっくりどうぞ」
ベンチに座ったまま栄が声をかける。何か見透かしたような含み笑いの栄をよそに、雅がぐいぐいと典を引っ張って連れて行く。典の心は複雑だった。


 常緑の木々が生い茂る山の斜面を切り開いてハイウェイが延びている。晩夏とは名ばかりで、あちこちから蝉の鳴き声が絶えない。切り開かれた道を外れて森の中に入れば、都会から完全に断絶された空間をそこに感じ取ることが出来る。
 真っ赤なオープンカーがハイウェイを疾走する。中には3人の少女の姿を確認できる・・・三人娘だ。
 後部座席で長くなっているのはエクレア、プリンは助手席で居眠りしており、運転しているのはカステラだ。サングラスなどかけてなかなか格好いい。カーステレオからは数十年ほど昔の洋楽が流れている。
「しっかし・・・こうやって一緒に出かけるのも珍しいよな」
助手席を倒してエクレアが前に乗り出す。熟睡しているのか、プリンが目覚める気配はない。
「ついこの前お祭りがあったじゃないの」
エクレアと話すときだけは少し言葉が変わるのか、面白くもなさそうにカステラが言う。
「まぁそうだけど・・・団長も来れば良かったのにな、せっかくマスターがチケットくれたのに」テーマパークのチケットをぴらぴらさせる。「『俺はそんなに暇じゃない』とかなんとか言って剣振り回してさ・・・そんな悔しいかねぇ、モンスター一匹倒せなかったのが」
呆れたように言い、またシートへもたれかかる。
「そうね・・・それほどなのよ、元勇者として培われた精神は」
「・・・・・・は?」
少し寂しげな貌を見せるカステラ。エクレアの位置からは確認できなかったが。
「結果的に倒せたとしてもそれは自分ができることだった、しなければならなかった・・・でも出来なかった自分の不甲斐なさに腹を立てる・・・とても耐えられないプレッシャーじゃない?常に自分を盾にする、って」
前を見据えたままカステラが問う。思いもしない真面目な言葉にしばし沈黙するエクレア。次々と流れ去る景色を目で追いながら思いついたままを口に出した。
「オレにはよく解らないよ・・・ただ、もっと仲間を頼ってもいいんじゃないかって・・・」髪を掻き上げてミラーの中のカステラに向かう。「そりゃ、献身の心ってのも大事だろうけどさ」
サングラスのせいで視線までは解らないが多分目が合っただろう。気配が微妙に揺れ、訪れた沈黙をバラードが静かに包み込む。
 しばらくそのまま走っていた車が突如けたたましい音楽を弾きだした。プリンが驚いて目を覚ます。
「なになに?なんの音?」
きょろきょろと車内を見回すプリン。ステレオから流れる激しいビートのロックが原因だと解ると一緒になってリズムをとる。そんなプリンを横目で追い、自嘲的な笑みと共にギアをオーバートップに入れるカステラ。
「・・・少し、飛ばしますわよ!」
ぐん、とさっきまでの空気を一拭するかのように車は速度を上げ、見る見るうちに遠ざかり地平線の彼方に消えていってしまった。

2・強襲


 「・・・・・・・・・まだぁ〜?」
ミルが不満の声を漏らす。調査を始めてからかれこれ1時間は経っているだろうか。団長も三太もちょっとした言葉を交わすくらいでまるで相手にしてくれないし、キャラメルとは共通の話題が無い。
「つまんな〜い」
まるでそこにベッドがあるかの様に空中でごろんと横になる。強力な魔力を持つ者にしか出来ない芸当だ。
「どこでも好きなところへ行けばよかろう」
半分呆れながら三太が告げてもミルはふくれたままだ。と、不意に部屋の明かりが消え、再び闇の中に沈んでしまった。自分の指先すら見る事が出来ない。
「・・・ったく・・・」
三太が苛立ちを抑えた口調で言う。魔族とは言え、真っ暗な中で作業するのは流石に面倒なのだ。
「ワタシじゃない・・・よ?」
だが驚いたのはミルの方で、突然のことに動揺を隠せないようだ。神族特有のオーラのようなもので暗い部屋にミルの姿だけが浮かび上がる。
「ご主人様ぁ・・・」
キャラメルが情けない声を出してここぞとばかりに団長にしがみつく。
「・・・まぁタダ者じゃねぇなとは思ってたがな」
団長の声と重なり、三太の一撃が放たれる。虚無の空間に亀裂が入り、ガラスが砕けるような音と共に闇が晴れた。同時に何者かの気配も現れる。
 「おぉ、恐い恐い・・・」
そう言ったのは薄汚いぼろ纏った男―気配は感じられるがその体はどこか不鮮明でゆらゆらと定まらない―冥界の使徒、レイスだ。
「流石は魔王様、こうもあっさりと我が術を破るとは・・・」
言葉とは裏腹に蔑むような声を喉の奥で鳴らす。強烈な闇の波動が部屋一帯に広がってゆく。
「何が望みだ、レイス」
感情のない声で三太が問う。
「貴様の様な力の持ち主がこんな所で何をしている」
かなりの高位に属する魔物を気配だけで牽制している辺り、三太の力の高さが窺える。
「クッ・・・望?・・・それはあのレジスタンスのリーダーの事ですかな・・・?」
この一言でそれまで面白そうに眺めていた団長の顔が急変した。サングラスに隠れ目つきまでは解らないが。
「おっと、下手な事はしない方が賢明ですよ」
三太の微妙な動きも見逃さないレイス。空気が張りつめる。
「我に何かあればこの一帯に仕掛けられた魔法陣が一斉に発動してしまいますよ?・・・フッ、いくら貴方方一人一人が強力な力の持ち主でも敵が同時多発的に現れたなら・・・どうでしょうかねぇ?」
と、一瞬ではあるがフラワーパークの見取り図の様なものが見え、柱の影や建物の壁などに無数の魔法陣が描かれているのが解った。レイスが見せたのだろう。
 すちゃ。
「魔王を脅迫するとはな・・・貴様を召喚したのは誰だ?」
敵の注意が三太に集中している隙に団長が拳銃を取り出した。M49ボディーガードによく似た小型のリボルバーだ。
「・・・貴方がよくご存じの御方だ、特級査察員殿・・・いや、『裏勇者』とお呼びした方がよろしいですかな?」
「・・・・・・」
喉の奥に響くような声で嗤うレイス。勇者の単語に驚く三太達をよそに団長が撃鉄を起こす。
「そんな玩具で我を倒せるとでも?」
 どふっ!
 不敵な笑みを浮かべたまま(実際に表情までは解らないのだが)レイスの体が硬直する。銃弾を受け、体の一部が消失したのだ。穴の開いた部分から煙のようなものが吹き出る。
「・・・ミ、・・・ミスリル弾だと・・・?・・・お・・・おおぉぉぉ・・・・・」
苦悶の声を上げ、レイスの体が崩れていく。完全に消え去ると辺りに立ちこめていた重苦しい気配も消え、明かり無しでも普通に歩くのには十分な明るさが戻った。
「・・・・・・ご主人様・・・?」
敵が消えた後もずっと銃を構えたまま虚空を見つめる団長をキャラメルが心配そうに覗き込む。
 ・・・望を知っていた、だと?・・・まさか・・・・・・いや、だが・・・
蒼白な顔で微動だにしない団長。拳銃を構えた腕も上がったままだ。と、
どおぉぉ・・・・・・ん!!
突如爆音が響き、地面が揺れた。表からただの喧騒とは異なる、悲鳴のような声も聞いてとれる。
「主!」
三太の声で我に返る団長。かぶりを振り、振り返る。
「くそ、時限式か・・・厄介だな」
ちっ、と舌打ちして窓から飛び出す。3人がそれに続いた。
「三太とミルは北と南に分かれて出現した魔物を撃退、但し人命最優先だ、いいな!」
見向きもせずに指図すると、煙の上がった方向へ駆け出した。ズボンのベルトに拳銃をねじ込み、懐からなにやら取り出してキャラメルに投げる。
「入場ゲートへ向かえ!」
そう言い残し、飛行【フライ】を発動させて行ってしまった。
「サブマガジン?」
団長が投げたのはキャラメルのアサルトライフルに使用するマガジンだったが、通常の物より装弾数が少ない。不思議に思いながらもポーチにしまい、言われたとおり入場ゲートへ向かって走り出した。

3・接触


 どがぁっっっ!!
デーモンの巨体が十数メートル吹っ飛び、柱のオブジェをなぎ倒す。
「どーしてデートの時に限ってこうなるかなぁ!」
飛びかかってきた魔鳥を叩き落として叫ぶ・・・雅だ。突然現れた魔物の大群にデートを邪魔されてかなり怒りモードに入っている。
「あ〜もう!!ボクは怒ったぞぉ!!!」
近くの雑魚を殴り飛ばしつつ両腕を振り上げ、漆黒のエネルギー体を生み出す。壁の模様に偽装して描かれた魔法陣から今まさに出てこようとするデーモンめがけ投げつけた。
「真輝ぃ!!!」
一瞬の闇が晴れると、魔法陣は壁ごと消え去っていた。無論、デーモンなど影も形も残っていない。
「・・・・・・近くの人間の事も考えろよ」
一般客を巻き込まないように抑え気味に闘う典の声などまるで聞こえないかの様に、延々と湧いてくる敵を片っ端からぶっ飛ばす。
「龍醒ぇー!!!!」
エネルギー波が小型魔獣の群れを容赦なく消し飛ばす・・・完全に八つ当たりだ。
 典の背後にかばっている人々もあまりの光景に絶句しているようだ。恐る恐る振り返ると、皆一様に幻でも見ているかのような眼差しで活き活きと魔物を屠る雅を見つめている。
「・・・・・・」
やはり尋常でないレベルの戦闘を眼前で展開されれば腰でも抜かすのが普通だろう。典もそう思った。が、
「・・・・・・スゲェ」
誰かの一言が発せられるとそれまで静かだった人々から一斉に歓声が上がった。
「いいぞー、ネーチャーン!」
「そこだぁ!やれ、いけ、ぶっ叩けぇ!」
「きゃ〜!がんばって〜!!」
最近のヴァーチャルメディアのお陰か、典が心配するほどショックを受けてはいないようだ。小さく息を吐いて典も躍り出る。

 ばばっ!と数体のデビルが瞬時にまっぷたつになり、大地に倒れるより先に空中に霧散する。大量のデビルが輪になって取り囲んでいる中心で、飛びかかってくる敵を踊るように斬り捨てていく剣技は人間の物ではない。
「見事なもんだねぇ、相変わらず」
輪から逸れた場所でのんびりとしてるのは秀だ。両腕にサブレとタルトを抱えている。
「少しは手伝えー!!」
輪の中心からの声は優のものだ。叫びながらも襲ってくる敵を斬り倒す。
「いやほら、子守してなきゃ・・・親守もかな?」
見れば、足下で麗が端末を操作しているのに加えて周囲には親子連れの一般客がひしめいている。武陣の結界を操作して防壁を造っているのだ。
「ゆーちゃーん、がんばってねー!」
抱えられた腕から乗り出してサブレが叫ぶ。かなりの数のデビルを目の前にしても恐れるわけでもなく、おもちゃの杖を振り回して応援している。
「たるとがおてつだいしようかぁ?」
最近になって魔力を制御できるようになったタルトがにこにこしながら秀を見上げる。猫の耳がぴくぴくと可愛らしく動く。
「よぉし、んじゃ行ってこい」
言うと秀は何の気無しにタルトをの身体をひょいっ、と担ぎ上げて無造作に放り投げた。同じくらいの子供を持つ親が思わず我が子を抱きしめる。
「いっくぞー」
空中で一回転して静止するタルト。そこらの魔導師顔負けの能力である。
「さんだーすとーむ!!」
彼女の小さな身体を中心に無数の稲妻が奔り眼下のデビル達を灼き尽くす。よほど魔法の才に長けている者でも修得するのに最低でも3年はかかると言われる高度な魔法のサンダーストームを易々と使いこなしているところからも、やはり特別な血筋を引いているのだろう。
 発動が終わり、そのまま優の腕に落下するタルト。あれだけの魔法を行使した直後にも拘わらず、疲れた様子はない。
「ちゃんとできたよぉ、えらい?」
無邪気に笑う彼女のどこにそんな力があるのか、剣を納めた優がよしよしと頭を撫でてやるとほんとうに嬉しそうな笑顔になる。まだほんの子供なのだ。


 レイスが仕掛けた魔法陣は次々と発動を開始し、パークの中はそのほとんどがパニック状態だった。しかも巧妙に偽装されているので見つけだすのにもコツが要る。一定時間ごとに発動を繰り返すので微妙な魔力の流れを感じることが出来ればそう難しいことではないのだが。
 今、駐車場に一台の車が入ってきた。真紅のオープンカー―三つ子の車だ。パーク内の異変に気付いたエクレアが真っ先に飛び降りる。
「ちょ・・・っと、危ないじゃない!」
「エクレアちゃん、忘れ物!」
カステラが怒鳴り、プリンが後部座席から細長いバッグを投げる。
「へへ、サンキュ」
中から専用のショットガンを取り出し、バッグに脱着可能なバレッタポーチを外して腰にくくりつける。装弾もそこそこに塀を飛び越えて中へ侵入してしまった。
「まったく・・・中の様子も判らないというのに・・・」
「エクレアちゃんらしくていーじゃん・・・アタシ達も急ごう、何が起きてるか確かめなきゃ」
ぶつぶつ言うカステラをなだめながらゲートへ向かうプリン。こんな時に限って真面目な性格になるという事は、一応彼女にも自覚があるのだろうか。コルトパイソンを握りしめるその表情からはいつもの脳天気さは感じ取れない。M92Fのマガジンを確認してカステラも後に続く。
 いくら肝が据わってるとは言え、おっかなびっくりゲートをくぐる二人。とりあえず音のする方向へ歩き出す。

 三体の騎竜兵が一斉に白熱する火焔球を吐き出してきた。髪が焦げそうになるほどギリギリに引きつけてから虎吼で弾き返す。華は先程からずっとこんな消耗戦を強いられていた。自分一人だけなら目をつぶっていても勝てる相手も、なんの防御も持たない人間である友達4人を庇いながらの戦闘はかなり苦しいものであった。
「絶対に大丈夫だから、私から離れないで!!」
かと言って、そちらばかりに気を取られていたら敵の攻撃をまともに浴びかねない。出来る限り意識しながら攻撃を続ける。
「虎吼!!」
何発目だろうか、遂に一体を撃墜する事ができた。三体が二体になっただけでかなり有利な展開になる、そう思った矢先、
「ぐぉおおおおぉぉぉ・・・ん!!!!!」
残った一体が天を仰ぎ凄まじい叫び声をあげる。木立が揺れ、建物がびりびりと振動するほどの重低音だ。頭を抱えてうずくまってしまった友達も心配だったが、隙だらけの相手を倒すのには絶好のチャンスだ。がら空きの懐を狙って飛び出したその時だった。不意に空が暗くなり、鋭い一撃が華の背中を襲った。
「あつっ!」
そのまま倒れ込む華。何事かと賢明に身体を起こして見れば、先程倒したはずの竜龍兵が感情のない瞳で自分を見下ろしているのが見えた。いや、よく見ると体の鱗が微妙に異なる。あの叫び声は新たな仲間を呼ぶ合図だったのだ。
 竜の光彩に殺意が灯る。顎を開き、燃えさかる炎で焼き尽くそうと首を伸ばしてきた。
この炎の一撃でやられることは無いだろう。だが、受けてしまえばまず勝ち目は無くなる。必死で逃げようとするものの、リミッターがかかってしまったのか体が動かない。敵の口の中に白くかすむ炎が宿る。何も出来ない悔しさが涙となって頬を伝う。だが・・・
 炎は来なかった。代わりに、僅かな火薬の匂いが鼻に届く。
「だ、大丈夫ですか?」
聞き慣れた声が耳に入る。遅れて、視覚でも何が起きたかはっきりと解るようになった。
「キャラメルさん・・・!」
アサルトライフルを構えたキャラメルが蒼白な顔で駆け寄ってくる。ダメージの割に傷は深くなさそうで、起こしてもらえばどうにか動くことは可能だった。ショックで神経系統が麻痺してしまっただけらしい。
「みんなは・・・?」
華の問いかけに優しく微笑むキャラメル。
「大丈夫ですよ、気を失っているだけです」
それを聞き、安堵の表情を浮かべる華。崩れ落ちるように力が抜け、そのまま気を失ってしまった。

続く