俺的小説第三弾
「ROCKMAN DASH外伝」



 ティーゼル、トロンら空賊ボーン一家が手配犯ロース一味によって現世に甦った巨大神像を苦戦の末、撃破する事に成功してから数ヶ月後のある昼下がり、珍しく彼らは全員で郊外の道を歩いていた。40人のコブン達を連れ、まるでどこぞの遠足のように。
「・・・しっかし、いい天気だなぁ」先頭を行くティーゼルは肩に花束をかついでいる。いかついアーマーにいろとりどりの花が、なんとも不釣り合いだ。「もったいねえなぁ・・・こう、甲板で昼寝でもすりゃあいい気持ちだろうなぁ」
「もう、何言ってるんですかお兄さま、出かけるって言い出したのはお兄さまでしょう」トロンはコブン達に目を配りながら歩いているので大変そうだ。「行き先も教えずについてこいって言われても、何がなにやら・・・で、ホントのところどこに行くんですの?」
 ティーゼルが全員で出かけると言い出した時にも何かあるな、と感じていたトロンだったが、途中の花屋でカラフルな花束を買ったときにその疑問が途端に大きくなった。しかも行き先を聞いても「ついてくりゃあ解る」の一言だけである。疑問に思うなという方が無理がある。
 ・・・ま、花束を持ってるとこをみても、これから喧嘩しに行くわけでもないようだし、様子を見ることにするかな・・・
 あたりはよく手入れの行き届いた木々が生い茂り、芝生の緑が鮮やかだ。歩く道は一見でたらめに配置された石畳のようだが、よく見れば様々な模様が浮かんでくる洒落た造りになっていた。道なりにしばらく行くとやがて開けた場所に出て、大きな建物が目に飛び込んできた。
 「ご苦労様です、ご友人の方ですか?」
入り口のところで係員とおぼしき人物がティーゼルに声をかけてきた。
「いや、両親だ」
彼はティーゼルの素っ気なさに少しばかり驚いたが、そうでしたか、とだけ言い、その場から去っていった。
「どういうことです?お兄さま」
単純だが意味の深げな会話に、不思議そうにトロンが尋ねる。
ティーゼルはこれには何も応えずに黙って入り口の看板を顎でしゃくった。
「ディグアウター共同墓地・・・」トロンの見た先にはこう書かれていた。「じゃあ、ここって・・・」
「ああ、親父とおふくろの墓参りだ」
ティーゼルはそれだけ言うとさっさと中へ入って行ってしまった。
「お父様とお母様のお墓・・・」
 トロンはしばらくそこから動けなかった。両親は死んでしまったと兄から聴かされてはいたものの、実際こうしてみるとなんともいえない気分になった。物心付いた頃から家族といえば15歳も離れた兄と自分より遙かに体の大きい弟の三人で、両親の事など考えたこともなかった、いや、一度だけティーゼルに聞いたことは聞いたが、あまり詳しくは教えてくれなかった。しつこく聞きすぎて怒鳴られたのを覚えている。そんな兄が初めて自分たちを両親の元に連れてきたことに彼女は様々な思いを巡らせていた。



 初秋の空はどこまでも澄み渡り、時折吹く風がとても気持ちいい。
「14年・・・・か・・・」ティーゼルは一人、霊園の中を歩いていた。その顔にいつもの険しさは微塵も見えない。「早いものだな・・・」
 霊園の一角、少し小高い丘の上に二人の墓標はあった。管理人のおかげか、14年という月日が経っているにもかかわらずあたりの雑草はきれいに刈り取られている。
「父さん・・母さん・・ご無沙汰してました・・・」
墓前に花を捧げるティーゼルは15歳の少年に戻っていた。

 その日は彼の誕生日だった。前々から父にプレゼントをもらえる約束だったので朝からいつになく興奮していたが、ディグアウター兼考古学者の肩書きを持つ彼の父は今、研究が佳境にさしかかっておりそれどころではなかった。
「母さん、父さんはまた書斎?」
朝から顔を見せない父を探しながら居間の母に聞いてみることにした。
「そうねぇ、今日ぐらいお仕事サボってもばちは当たらないと思うけどね」
彼の母も同様にディグアウターだったが、数ヶ月前に彼の妹を出産したため今は休業中だった。15も離れた妹の誕生に、彼ら一家は喜びに満ちあふれていた。
「そうじゃなくて・・・アーマー一式をくれるって約束してたんだよ、だいぶ前に」
そう言いながら向かいのいすに腰をかけた。
「そうなの?母さん知らなかったわ」
母のつぶやきも彼の耳には届かなかったようだ。ベビーベッドで寝ている妹―トロンの、紅葉の様な小さな手を握ったり、その薔薇色の頬をつついたりしている。
 「解ったぁ!!!」
勢いよく扉を開け、彼の父が入ってきた。突然のことに幼い妹は泣き出してしまった。
「ああ、もうだめじゃない、驚かしちゃ・・・よしよし、いけないパパねぇ、トロン?」
「何が解ったの?父さん」
妻に叱られて少し気落ちした父にティ−ゼルが助け船を出した。
「ん?あぁ、この島の遺跡への入り方だ・・・凄いぞ、これは・・早速報告しないとな」彼はそう言いながらまた奥へ行こうとして立ち止まった。「・・・ティーゼル、行ってみるか?」
問いかける父の目はまるで子供のようだった。
「ホント?連れてってくれんの?」思わぬ展開にティーゼルは諸手をあげて歓喜した。「やったぁ!」
父は予想以上に喜ぶ息子を見て、苦笑しながら準備に入った。

 「あー、いましたよ、ティーゼルさま」
トロンが立ち止まっている間に見失ってしまったティーゼルをあちこち探し回っていたコブンの一人が丘の上のティーゼルを見つけた。
「お兄さま・・・?」
墓前にたたずむ人影は確かに兄のものだったが、トロンには同じくらいの年の少年にも見えた。
「どーしたんですか?トロンさま」傍らのコブンに声をかけられ、彼女は我に返った。「なんかへんですよ」
「なんでもないわ、行きましょ」
そう微笑むと、丘の上へ歩き出していった。

 「本当に、子供みたいな人だったな・・・父さんは・・特に遺跡の事になると目の輝き方が違った」ティーゼルは独り言のようにつぶやいていた。「ディグアウターなんだ、いつかは事故に遭ってもおかしくは無いと思ってはいたが・・・あんな事になるとはな・・・」
「お兄さまっ」
トロンが陽気に声をかける。ティーゼルは少し驚いた様子で振り向き、静かに立ち上がった。
「一人でどこか行っちゃうんですもの、探しましたわ」トロンは勝手に行ってしまった兄に小さく抗議し、その場にしゃがみ込んだ。「お父様、お母様、初めまして、・・・は変かな・・」
 それだけ言うと彼女はただ無言で墓石を見つめていた。まだ両親をそれと認識できないほど幼くして別れ、写真でしか会ったことのない彼らの姿がそこに見えるかのように。
「お兄さま・・・二人は、どんなひとたちだったんですか?」
しばらくしてトロンが口を開いた。ティーゼル達には背を向けたままだったが、その声は少しふるえていた。
「・・・仲のいい、夫婦だったよ・・・いつも一緒にいたな」ためらいがちに、ぽつり、ぽつりとつぶやくティーゼルの目はここではない別の場所を見ているかのようだ。「そうだな、お前達に背負わせたくはなかったが、少し、昔の話でもしてやるか・・・」
そう言うと彼はいくら妹にせがまれても頑として話さなかった両親の話をし始めた。まるで彼らがそうさせたかのように。



 「は〜・・・すごい所だね、父さん」
ティーゼルは初めて入る遺跡の前で興奮を抑えきれないようだ。
「まぁな、この島で最大のモンだから初心者向きとは言えねぇな」
父、カーチスは常に遺跡のことを調べているだけあって、各地の遺跡にかなり詳しかった。そのため今回の遺跡にはあまり危険が無いものと判断してティーゼルを連れてきたのだ。
「なんか見たこと無い模様ねぇ、いつの時代のなの?」そして母ミラルカまでもが復帰第一回のディグアウトとして同行していた。さすがにトロンは連れてこられないので家でロボットに預けてあるが。「訳わかんない紋様って困るのよね、罠なのか違うのか解らないんだもの」夫とは違い、遺跡に関してはあまり詳しくは無いようだ。
「さて、入るぞ・・・ティー、きちんと母さんを守れよ」
「まかしといてよ!リーバードが出たって平気さ」
胸を張って答えるティーゼルに、「大丈夫かしら?」ミラルカが心配そうに加える。
「はは、まぁ気をつけることだな、用心してしすぎることはない」
いつもの軽い声のカーチスだったためか、ティーゼル達は彼の表情が心なしかこわばっていることには気が付かなかった。

 「・・・ちょっと待って、それじゃあお兄さまが初めて遺跡に入ったのって、15歳の時だったんですか?」
トロンが口を挟んだ。
「ああ、なんせ親父がああだったからな・・・親父一人で潜って帰ってはい次の島なんてことばっかだったからな・・・そうこうしてるうちに俺達は遺跡の最深部に着いたんだ」

 そこは何か違和感を覚える場所だった。突き当たりの壁と左右の壁の模様が一致しないばかりか、床に広がるシミのようなものが、突き当たりでまっすぐ途切れていた。かつて突き当たりの壁が無かったかのように。
「恐らくこのあたりに・・・」
カーチスは突き当たりに向かって右の壁の、赤い線がちょうど円を描いているあたりを調べだした。
「あった・・・ここにこれとこれをこうして・・・」
円の中心付近に小さな穴を見つけた彼は、サイドパックからなにか金属の小片を取り出した。
「何やってるの?」
ミラルカが彼の脇から顔をのぞかせて問いかけた。
「んー?秘密の鍵を開いてるのさ」
取り出した金具を組み合わせ、穴に入れる。奥でカチリと音がしたら引き抜いて今度は向きを変えて入れる。奥まで入ったら左に回す。カーチスは一連の動作を口に出しながら実行した。そして、少しの沈黙。
「セントラルゲート開放申請を受託。100秒以内にスーパーバイザー認可による特殊コードの入力によりセントラルゲートを開放します」
OSのアナウンスがそう告げると同時に反対側の壁にコンソールが現れた。ディスプレイでは既にカウントダウンが始まっている。
「父さん・・・?」
ティーゼルが不安そうにカーチスを見る。だが父は飄々とした顔で本を見ている。
「これかな?」
彼はおもむろにキーボードの前に移動し、一続きのコードを三回入力した。
SLEEPER
DREAMER
WATCHER
「・・・・コードの入力を確認しました。セントラルゲートを開放するとセキュリティに問題が発生する可能性があります。ゲートを開放を続行しますか?」
「イエス」
カーチスはただ一言、明確につぶやいた。
「了解、セントラルゲートが完全に解放されるまでしばらくお待ちください」
OSのアナウンスが終了すると、行き止まりに見えた壁が上方にスライドし始めた。
「さーて、ここからが本番だ・・・」
いつになく緊張した様子の父を見てティーゼルはたまらず聞いてみた。
「父さん、大丈夫?」
「何が?」だが彼は息子に問いかけられるとすぐに顔をくずした。「怖くなったか?」
「あら、やっぱりお家にいた方がよかったかしら?」
「そんなこと無いよ!!」
両親に茶化され恥ずかしくなったティーゼルは、その場をごまかすためにわざわざふんぞり返って奥へ進んでいった。
 だが、なにかを感じていたのはティーゼルだけではなかった。ミラルカもまた、夫の細かい仕草の変化を見逃してはいなかった。
「カーチス?」
「ああ、大丈夫、だとは思うが・・・」
さすがに長年連れ添ってきた妻には隠しきれないと思ったか、カーチスも真顔で答えた。
 「父さん!!」
突然奥からティーゼルの声が響いた。カーチスが顔を上げ、ミラルカは何も言わずに駆け出した。
「どうした?」
カーチスの駆け込んだ部屋は、他と違って暗く、奥から漏れる光が唯一の光源となっていた。
「あ・・あれ・・・何?」
ティーゼルの指した先には普通より一回りくらい大きな人間らしき者の入ったカプセルがあった。静かに瞑目し両腕が浮き上がっている様はまるで、十字架に吊された聖人の如く。
「ロックマン=イヴァ・・・・四等司政官か・・・」
それを見たカーチスはミラルカを下がらせ、ティーゼルに指示を出した。
「くっ・・・ティー、そいつを起こさないように音を立てずにこっちへ来い・・そっと歩けよ」
だがカーチスの言葉を否定するかのように、カプセルの中の者は静かに双眸を開いた。そしてすっ、と上体をそらすとそいつの入っていたカプセルは粉々に吹き飛んだ。
「デコイか・・・愚かな奴らだ・・・」
そいつはそう言うと、音も立てずに歩み寄ってきた。いや、宙を滑って来たと言った方が正しいかもしれない。
「私を起こさないようにしたらしいが・・・残念だったな、セントラルゲートへアクセスした時点で私のプログラムは覚醒していたのだ」
 そいつが動き出した直後に走り出していたティーゼルが戻ると、カーチスはそっと肩を押さえ、後ろに下がらせた。
「ティー、母さんを連れて先に出ろ」
言いながら彼はバスターの安全装置を解除した。
「でも・・・!」
それを見たティーゼルも自分のバスターを構えた。
「お前のそれはあいつを攻撃するための物じゃない、母さん達を守るための物だ・・・そうだろ?」彼は痛いくらいに優しく笑い、振り向いた。「大丈夫だ、そう簡単にくたばるような俺じゃない」
「解った・・・きっと帰ってきてよ」
一つ大きくうなずくとティーゼルはミラルカを促して部屋を出た。

 「さて、始めようぜ・・・どうせ逃がしてくれる訳は無いんだろ?」
バスターを構え、相手を牽制しつつ妻と息子を見送った彼はイヴァに言った。
「フッ・・・私と戦う気か?自殺行為もいいところだ」
イヴァは残忍に微笑んだかと思うと、突然攻撃を仕掛けてきた。両腕を突き出し、虹色に輝く光線を放った。
「ちいっ・・・!!」
カーチスの影は光の中に消えた。

 ずん・・・と遺跡全体が大きく揺れた。その衝撃でミラルカは転んでしまった。
「母さん!しっかり!!」
ティーゼルが駆け寄り、彼女を抱き起こした。いくら元気とはいえトロンを出産してからそう経っているわけでは無い。急激な運動は彼女の体力を簡単に奪っていった。
「ティーゼル、母さんは大丈夫だから、あなただけ先に出なさい」
そう言って微笑む彼女だったが、息づかいが荒く、とても一人ではおいていけない。
「ダメだよ母さん、父さんが言ったじゃないか、二人で出ろって・・・」
だが母を抱きかかえ、なおも遺跡の外へと進む彼らの前にリーバードの大群が現れた。
「こんな所まで戻っていたのか・・・足の速い奴だ」
大群の中央から現れたのは紛れもなく、さっき父が「ロックマン」と呼んだ奴だった。
「この施設に立ち入った者は誰であろうと排除するのが私の使命だ・・・気の毒だが死んでもらおう」
そう言い放つそいつの両腕は真紅に染まっていた。
「―――――っ!!!」
最悪の想像にミラルカはその場に崩れ落ちた。
「うわああああああ・・・・!!!!」
母と同じ想像に、ティーゼルは我を忘れて照準を合わせることもなくバスターを連射した。威力よりも弾数と速射性に重点を置いた彼のバスターは、リーバードの大群をあっという間に白煙に包み込んだ。
硝煙があたりに立ちこめてくると、彼は撃つのを止め、その場に膝をつき地面を殴りつけた。
「くそぉっっ!!!!」
信じたくは無いがあまりの生々しさに絶望を感じる他はなかった。ミラルカはまだ放心状態だった。
 びゅっっ!
突然、鋭く空気を引き裂く音が予期せぬほど近くから聞こえた。危険を察知し回避しようとしたときには既に彼の体は宙に浮いていた。
「ぐあっ・・!」
飛んできた物体に壁まで吹き飛ばされ、そのまま挟まれてしまった。
「ぐっ・・・」
何とか逃れようとその物体を見ると、それはアイツの腕だ。薄らぐ煙の奥から近づいてくるイヴァの影は、破損はおろか傷一つ付いていなかった。
「あれだけの大群を前に果敢にも挑んでくるとは・・・その勇気は称賛に値するな・・・いや、あまりの絶望感に自暴自棄になっただけか?」
イヴァは慇懃に笑いながらティーゼルを掴み上げた。
「安心しろ、すぐに奴の後を追わせてやる」
そう言い、彼を掴む右腕に力を込めた。ゆっくりと、まるで罪人を尋問するかのように。
「がぁっ・・ぐわあああ・・!」
ティーゼルは全身を走る凄まじいまでの痛みに悲痛な叫びを上げた。アーマーが砕け、凶器のように容赦なく食い込んでくる。だんだん意識が遠のいてきた時、不意に、体が軽くなった。
「ちっ・・・貴様アッ!!」
「ティーゼル、逃げなさい!!」
ミラルカが決死の体当たりをしたのだ。
「くっ・・でも母さん・・!!」
全身を傷だらけにしながらも自分の心配をしてくれる息子を愛おしく見つめ、「母さんを困らせないで・・・トロンを、頼むわよ」一つのカプセルを投げた。
それは空中で眩しく輝き、ティーゼルの体を包み込んだ。
「ちぃっ・・逃さん!!」
イヴァの放った光線はティーゼルを捕らえたかに見えたが、その姿は幻のようにかき消え、光線はむなしく宙を灼いた。
「テレポートだと?デコイの科学力でか・・?」
イヴァは少し驚いたかに見えたが、すぐにミラルカの方に向き直った。
「味な真似をしてくれるな・・・いい覚悟だ」
そう言い、片腕を彼女に突きつけた。ミラルカが最後の抵抗をしようと腰の拳銃に手をかけたとき、諦めかけていた希望が甦った。
「忙しない奴だな、まだ俺の相手が終わってねぇだろ」
そう言い、奥から現れたのは間違いなくカーチスだ。突然の攻撃にアーマーの一部が壊れてはいるが、本人にはさして影響ないようだ。
「生きていたのか・・・あの攻撃で」
今まで対峙してきた者は全てあの奇襲攻撃に倒れてきたのだろう、イヴァは驚愕し、そして笑いながらカーチスの方を向いた。
「面白い、どうやら我らのことも少しは知っているようだな」
「ああそうだ。俺がここへ来たのもそのためだ」
カーチスは油断無くバスターを構えたまま答えた。
「ほう、」
「未だ覚醒せぬ粛正官を探し出し、MOTHER?U管轄下のロックマンを処分するためにここまで来たのだ・・・四等司政官のお前ごときにやられるわけにはいかないな」
そこまで言うと、イヴァの顔が急に険しくなった。
「貴様・・・何故そのようなことまで・・・」
彼はしばらく無言のまま考えていたが急に笑い飛ばし、戦闘態勢に入った。
「そこまで知っているのなら遠慮はいらんな・・・本気で行くぞ!!」
そして、闘いが始まった。

 ミラルカは目の前で展開する別次元の戦闘を漠然と眺め、夫の言葉を考えていた。
―――カーチス、あなた一体・・・ロックマン?そんなの、聞いたこともないわ―――

 「なかなかやるではないか!デコイにしておくには勿体ないな!!」
その巨体からは想像できないほどの身軽さで動き回る相手に、カーチスはやすやすとついていった。
「はっ、伊達に何体もロックマンを処分してきた訳じゃない!!」
カーチスの装備するバスターは、通常の物より数倍も出力を上げ、凶悪な破壊力とほぼ無制限の弾数を有する物になっていた。それを軽々と使いこなす腕前は、軍隊に所属していてもおかしくない。
「シャール列島、デルファイ島、ライシップ島!次はカトルオックスだ!!」
空気との摩擦で真っ赤に燃え上がる光弾を連続して撃ち込み、相手を寄せ付けないほどに激しい攻撃だった。
「なるほど、あの者達との連絡が途絶えたのもそのためか・・・だが残念だったな、私は既にお前の知っている私ではない!!」
そう叫ぶと急にカーチスの視界から姿を消した。
「何っ!!」
突然のことにあわてて振り向くカーチスのすぐ背後に回り込み、「遅いっ!!」その拳で彼を殴り飛ばした。
「私は昇格したのだ、準三等司政官にな!!」
勝ち誇ったように叫ぶイヴァは、揺るぎない自信にあふれていた。カーチスがそれを取り出すまでは。
 ―――未完成だが仕方ない・・・―――
 カーチスはゆっくりと起きあがり、右腕のバスターを外した。ごとり、と重たい金属音が響く。
「はッ、とうとう観念したか・・・いい心がけだな」丸腰になったカーチスにバスターの照準を合わせ、イヴァは言った。「最期に言い残すことはないか?」
それに答えず彼はサイドパックから鈍く光る筒状の物を取り出し、自らの腕にはめた。
「無いな、そんなものは」
言葉を言い終わらぬうちにイヴァの光線が襲ってきた。それを紙一重でかわし、先ほどの筒を構え猛然とダッシュをかけた。
「なっ!」
絶対の威力を誇る光線を避け、駆け寄ってくる人間に凄まじい殺気を感じさすがのイヴァも戦慄を覚えた。
「おおおぉぉぉ・・・」カーチスの右腕が眩いくらいに輝き、あたりを真昼のように照らし出した。「くらえぇぇッッッッ!!」
 カーチスの突き出した腕からイヴァのもに酷似した光線が放たれた。それは恐怖に顔をひきつらせた相手の身体を易々と貫き、そのまま向かいの壁に叩きつけた。
「ば・・・・か・・な・・・・」イヴァは信じられないように自分の身体を見、そして自分を追いつめた相手を見た。「それ・・・は・・シャイ・・ニング・・レ・」
 肩で大きく息をし、もはや身動きもとれなくなった相手を睨みながらカーチスは語った。
「特殊兵器計画書を応用すればホロン機関でもこれを造ることが可能なのだ・・・もっとも、専用の外装が無ければ真価は発揮されないがな」
相手が完全に動かなくなったのを確認し、彼は妻の元に駆け寄った。
「ミラルカ!!大丈夫か?」
目の前で凄まじい戦闘があったにも関わらず彼女は気丈に笑い、「大丈夫よ」とだけ言った。
「済まない・・・君たちを巻き込んでしまった・・・俺のミスだ」
大事に至らなかったとはいえ、愛するものにかなりのダメージを与えてしまった事を深く悔やむ夫の姿に、気になった事を聞くのが阻まれた。
「いいのよ、無理言って付いてきた私が悪いんだもの・・・帰りましょう、あの子達が待ってるわ」
彼女は優しく笑い、夫の手を借りて立ち上がろうとしたが、その笑顔は崩れることなくその場に沈んでしまった。
「ミラルカ!!」
カーチスの呼びかけに彼女が応えることは二度と無かった。
機能停止したかに見えたイヴァが甦り、その光線で彼女を貫いたのだった。
「おのれぇ・・・デコイごときが調子にのりやがってぇ・・・・許さん!!!」
イヴァの身体は奇妙に歪み、関節があり得ない方向へ曲がっている。背中から不気味にそびえてきた新たな突起物は、まるでそれ自体が意志を持つかのようにうねうねとうごめいている。
「貴様アッ!!!」怒りに我を忘れ、カーチスがシャイニングレーザーを放った。だが、未完成のそれは光線が相手に届く刹那、暴発してしまった。「!!・・・くそっ」
 隙を見せたカーチスにイヴァの腕が襲った。既に彼の身体はゆうに5メートルを超える巨体になっている。
カーチスを掴んだままイヴァは何度も腕をあちこちに叩きつけた。その度にカーチスの身体は拭いきれない傷を負っていった。
「虫けらめ!貴様らデコイなど我らにとっては虫けら同然なのだ!!」
ぐったりするカーチスを愉快そうに見つめ、
「なまじ強かった事を後悔するがいい・・・所詮デコイが我らにかなうはずもないのだ」
更に壁を殴りつけた。
「うぐ・・・はは・・確かに、俺ではお前には勝てないな・・・」遠のく意識を奮い立たせ、カーチスがつぶやいた。「・・・だがな、お前に勝ちは譲らないぜ・・・」
そう言うと彼は力つき、動かなくなった。
「やっと死んだか・・・」
ゴミのようにカーチスの肉体を放り投げようとしたとき、彼の手から何かがこぼれた。それは今のイヴァにとってあまりに小さなものに見えたが、再び彼に恐怖を与えるのには十分だった。
「ちっっくしょおおお!!!!!」

 ティーゼルは地面の揺れで目を覚ました。鈍く痛む頭を振り、記憶を確かめる。母の投げたカプセルで遠くへとばされるそのとき、一瞬だが父の姿が見えたような気がした。
上体を起こしてあたりを見回せば後ろには遺跡への入り口がある。
「父さん!!」
急速に頭がさえてくると全身を痛みが走った。
「く・・・くそっ、助けに行かなきゃ・・・母さんを・・・」
満身創痍でありながらも立ち上がり、再び遺跡の中へ入ろうとした。
「システム内装に約80%の損傷が発生。緊急保護システムを作動します」
「内蔵システムに異常発生。復旧のため全システムを緊急停止します」
「動力炉が孤立状態です。内部エネルギーが暴走するおそれがあります。爆発に備え全アクセスルートを遮断します」
突然遺跡内からアナウンスが響き、遺跡入り口は地中深く潜ってしまった。後に残されたのは古代文明の遺産である印の、何かをかたどった紋章のある巨大な蓋だった。
「そんな・・・」
ティーゼルは呆然とし、その場にしゃがみ込み力無く地下への入り口を叩いた。
「どうして・・・」
やがて空が曇り、雨が容赦なく降り注いでも、彼はその場から微動だにしなかった。



 ティーゼルの話をトロンはただ静かに聞いていた。コブン達の中には泣き出すものも少なくなかった。
「と、まぁこんな事があったわけだ・・・」
ティーゼルは今までのつかえがとれたのだろう、吹っ切れたように明るく言った。
「そう、だったんですか・・・」予想以上の酷な過去に少しとまどいながらもそれを話してくれた兄に感謝しながらトロンが答えた。「それから、どうなったんです?ボンの話は出てきませんでしたよね?」
「ん?ああ、いろいろあって今の俺達がいるんだよ」
なんだかうやむやに逸らしてしまおうという魂胆が見え隠れする返答に今まで黙っていたボンが抗議の声を上げた。
「ばぶー!ばーぶ!」
「ああ、解った解った、んなに怒んなよ」
ティーゼルは巨体で圧倒する弟を制し、公園の方へ歩き出した。

 彼は豪雨の中を一人、歩いていた。体中を傷だらけにし、左足を引きずりながら歩く彼の目はまるで生気を失ったかのように焦点を定めていなかった。

 「ティーゼル様!!この怪我は一体・・・・お一人ですか?博士と奥様は・・・・?」
なかなか帰らない主人を心配した家庭用ロボット、ボーンはぐったりして帰ってきたティーゼルを見てあわてて部屋に運んだ。普段は無口で無愛想な彼(ハードウェアにこだわらないカーチスのためか)だったが、このときばかりはそうは言ってられなかったようだ。
「今すぐ傷の手当てをしますから、そこで待ってて下さい」
ティーゼルを居間に残し、ボーンは奥へ急いだ。
 いつも見慣れたはずの自分の家がなぜか全く違うものに見えて仕方がなかった。床も、壁も、何もかもが偽りの存在にしか感じることが出来ない。そう、自分自身でさえも。
 ティーゼルはおもむろに立ち上がり、ふらふらと居間の端にあるベビーベッドへ向かった。何も知る由もないトロンは小さな寝息をたてて眠っている。
「トロン・・・・トロン、ごめんな・・・」
つまる声でつぶやくとテーブルの上にあった果物ナイフを掴み、それを眠る妹めがけて振り下ろした。
がぎい・・・ん・・
だがナイフは妹の身体を傷つけることはなく、代わりに間に飛び込んだボーンの背中に突き立った。
「ボーン・・・」金属を差し貫いた衝撃で我に返ったティーゼルは、背中にナイフの刺さった彼の姿を見、震える声で訴えた。「ボーン、僕は・・僕は・・・・・」
「私は大丈夫です・・・」あえぎながらも彼は続けた。「ティーゼル様、博士がおっしゃっていたはずです。たとえどんな困難にめぐり遭おうとも、立ち向かう事無く己を棄てたならば愚か者にすぎない。と・・・私は貴方を愚か者にはしたくありません。遺跡で何があったかは解りませんが、お願いです生きてください・・・博士も奥様も、それを望んでいるは・・ず・で・・su・」
ナイフの刺さった場所が悪かったのだろう、戦闘用として開発されていない彼はそのまま動かなくなってしまった。ティーゼルは動かなくなってしまった彼をそっと床に寝かせ、改めて妹を抱き上げた。
 ティーゼルの腕の中の彼女は静かに眠っている。まだろくに話すことも出来ないのに、その小さな身体は暖かく、生命というものを確実に伝えてくれる。
―――僕は何も知らないこの子に手をかけようとしたのか・・・出会って一年も経ってないというのに自分が兄だからというだけで信頼しきってくれるこの小さな命を僕は、僕の身勝手だけで消してしまおうとしたのか―――
「父さん・・・母さん・・・」
妹の顔を見ていると知らず知らずのうちに涙がこぼれてきた。命を懸けて自分を守ってくれた両親に報いるためにも、この子は自分の全てをかけても守ってやろう。そう誓って、倒れたボーンに話しかけた。
「僕はまだ未熟だ。君がいないと多分何も出来ない・・・この子を守ることすら精一杯だと思う。だから、君の力を貸してほしい」彼はボーンの頭部を外し、中のチップを取り出した。「僕等を助けてほしい、新しい兄弟として」
 だが新たな兄弟、ボン・ボーンが生まれるのはこれから五年後のことになる。



 地下深く、ダーク・レッドのライトが明滅する通路にそいつはいた。下半身と右腕を爆発で失いながらも左腕だけで這い進んでいた。イヴァだ。
「おのれ・・・デコイめ・・・・全て消去してやる・・・」
呪詛のようにつぶやき続ける彼の前にふと、白い影が現れた。
「・・・緊急信号が出ているから何かと思えば・・・このざまですか・・・」
それは変わり果てる前のイヴァによく似た姿をしていたが、その全身から発せられるオーラのような気迫は彼のそれとは比べものにならないほどの殺気をはらんでいた。
「・・・!!お・・お前はっ・・」イヴァは驚愕し、その影を見た。「ジュノ・・・」
「ふっ・・・全く、とんだ無駄でしたね、貴方の昇進に荷担したのは」
ジュノと呼ばれたものは軽く受け流し、イヴァに告げた。
「ま・・待ってくれ、俺にもう一度チャンスを・・」
「チャンス・・・?貴方に機会を与えるのは私ではありませんよ・・・忘れましたか?」
イヴァの必死の哀願を受け入れる気など毛頭無いかのようにジュノは続けた。
「ここでゆっくりお眠りなさい・・・なに、悪いようにはしませんよ」
三度引きつった表情のまま、イヴァは消された。
「貴方のデータも、あの者のデータもね」
そう言うと影は消えた。あとに残ったのは薄暗い通路と、黒い塊だけだった。

 同じ頃、遠く離れた別の遺跡に彼らはいた。光源の全くない密室にも関わらずそこだけは白い、優しい光が存在していた。
「・・・また司政官の反応が消えた・・この反応、イヴァか・・・それにさっきの衝撃は一体・・?」
彼は小さなサルの姿をしていた。傍らには何故か、幼い、生まれたばかりのような赤ん坊が寝ている。その周りには薄い、よく目をこらさなければ解らないような透明の幕が卵型に張られている。
「トリッガー・・・」彼は赤ん坊を見つめた。その子は永遠とも言うべき時を眠っているようだった。全く成長することなく・・・「早く・・・誰か来てくれ・・・」
 彼のつぶやきと部屋の壁の一部が崩れたのはほぼ同時だった。
―――!何だ?
彼はとっさに赤ん坊を背にかばった。
「ほお〜・・・やはり隠し部屋があったのか・・・」
やってきたのはどうやら人間のようだ。いやに間延びした男の声だ。
「ふーむ・・何処かの文明の神殿じゃろうか・・・・」
額のライトを頼りにその人間はしきりに部屋のあちこちを調べ始めた。部屋そのものの発見による興奮のためか、彼らには気が付いていないようだった。
 ぴぴっ・・ぴぴっ・・・
突然、男の無線の着信音が鳴った。
「ほい、バレルじゃ」男はバレルという名前らしい。「ほう、そうか、産まれたか・・・ふむ、女の子か。ならば名前はロールじゃな・・・わしも爺さんか、早いもんじゃのう」
どうやら男の孫が産まれたという連絡のようだ。
「うん?わしに電話?ティーゼル・ボーンという子から?・・・解った、すぐ戻ろう」
無線を切るとバレルは名残惜しそうに部屋の壁を眺めていたがすぐに片づけを始めた。
「女の子か、ディグアウターにはどうかのう・・・いっそサポート術をきっちり教え込むか・・・」独り言をぶつぶついいながらバレルは荷物を背負った。「しかし珍しいな・・・ティーゼル君か・・・何かあったんじゃろうか?」
そうして部屋をあとにしようとしたとき、例の光がバレルの目に留まった。
「ん?光?カンテラはここに・・・あるよな」
不思議に思いながらもともかくその光の元へ近づいていった。
「うきっ」
光源が何であるか解るかどうかのあたりで、バレルの前にサルの格好をしたロボットが飛び出してきた。
「こりゃ驚いた!おまえさん、どこから入ってきたんだね?」
明らかに人工的なモノを前に、バレルは少し興奮した。
だが彼はバレルの問いには答えず、バレルを見たあと、「うききっ」光の方へ行ってしまった。
「わしを呼んでるのか・・・?」
ちょっとためらいもあったが、彼は誘われるままに光の方へ歩いていった。
 「・・・赤ん坊?・・・こんな所に?」
その赤ん坊を見てバレルは戦慄を覚えた。遺跡の中で赤ん坊が見つかるというのはまれにあるが、無責任な親の愚行によるものがほとんどで、大体が遺跡に入ってすぐの所にすてられている。こんな奥の、しかも先ほど自分が発見したばかりの隠し部屋の中で全く変わった様子もなく眠っていたのだ。尋常ではない。
「おまえさんがこの子を守っていたのかね?」
子供を挟んで向かいにいるサルにバレルが問いかけた。
「うっきー」
その通りだとでも言わんばかりに彼はふんぞり返った。
「とにかく、このままにしておく訳にもいくまい」
バレルは子供を連れて帰る決心をし、子供を抱きかかえた。彼の身体のまわりにかすかな抵抗を感じたが、瞬きする間にそれも消えてしまった。
「そうだ、この子の名前は?」
振り返りサルに尋ねたが、彼は「うきっ?」と首を傾げただけだった。
「そうか、なら男の子が産まれたときのために用意してた名前を付けるか・・・ロック、ロックでどうじゃ?」
「うきー」
それでいいと言うように一つ大きくうなずいた。



 三年後、と、ある島にティーゼル達はいた。あの事件のこともだいぶ忘れることが出来るようになっていた。
「今日、立つのか・・・」
三年前よりも白髪の増えた頭でバレルが言った。その顔はどこか寂しそうだ。
「はい、いつまでも博士のお宅でご厄介になっているのもどうかと思いまして・・・それに、親父の遺志も継いで行かねばなりませんから・・・」
たくましく成長したティーゼルは旅の準備をしていた。
「あら、いつまでいてくれてもいいのに・・・ロール達のお兄さんになってくれれば嬉しかったんだけどね」
「ありがとうございます、俺も出来ればそうしたいんですけどね・・・」
「しかたないな、カーチスさんの息子だからな・・・血は争えないか・・・」
 キャスケット家の人々は傷ついたティーゼルを暖かく迎え入れ、身体も、心も癒してくれた。
「特に奥さんには感謝してます・・・トロンを育ててもらって・・・娘さんもいるのに」
「何言ってるの、二人も三人も同じ様なものよ・・・」そう言うとふと、寂しそうな顔になった「・・・結局、母さんって呼んでもらえなかったわね」
「あ・・・」
母親同然に育てられたのに、たとえ形だけでも母さん、と呼ぶことが出来なかった自分を責めながら、それでも呼ぶことが出来ずに過ごしてしまった三年間を悔やみながら口を開こうとしたそのとき、奥からロールが来た。
「ねえてぃーにいちゃん、とろんちゃんと、どっかいちゃうの?」
ロールが旅支度の整ったティーゼルを見て聞いてきた。
「どうして?ロール?」
返事に困ったティーゼルの代わりに彼女の父親が問いかけた。
「だって、ろっくがそういうんだもん、でーたがおしえてくれたって」
そう訴えるロールはしっかりとティーゼルの服を掴んでいる。
「ロック君はどこにいるの?」
なるべく刺激しないようにロールの手を放し、ティーゼルが聞いた。
「おへや」
「じゃあ聞いてくるからね、なんでそういうことを言ったのか」
「うん」
少し安心したのか、ロールはおとなしくティーゼルの座っていた椅子に乗っかった。

 子供部屋の中ではロックがトロンに話をしている。三歳にしては賢いロックは、サル型ロボットのデータの話が解るようだ。
「えー、とろんしらなーい。おにーちゃんがどっかいっちゃうの?」
「ほんとだよ。データが教えてくれたもん・・・お兄ちゃんがロックマンっていうのをさがしてるって」
「ふーん・・・」
コンコン・・部屋にノックの音が響いた。
「はーい、だーれ?」トロンがドアを開けた。「おにーちゃん、どーしたの?」
滅多に部屋に来ることのない兄の訪問にさっきの疑問は吹っ飛んでしまったようだ。
「トロン、むこうでロールちゃんと遊んでなさい」
優しくそう言うと、彼女はおとなしく居間へ向かった。
「さて、」妹を見送るとティーゼルは部屋へ入った。「データがどんなことを教えてくれたんだい?」ロックの前に座り、その話を聞いた。
「うんとね、お兄ちゃんのお父さんがしゅくせいかんっていうロックマンをさがしてて、さがすまえにしんじゃったからお兄ちゃんがかわりにさがすんだって、だからトロンちゃんをつれてとおくにいくんだって」
「へぇ、データがそんなことを言ってたんだ」
「うん、そうだよ。ねぇ、データ」
ロックの膝の上のデータは「うきっ?」といって首を傾げた。
「違うのかって」
すぐにロックが訳してくれる。
「驚いたな・・・これじゃ不用意にデータの前で話が出来ないな」
「じゃあ本当なの?」
ロックの顔が曇る。
「ああ、そうだ。だから俺はこれから旅に出る。トロンも一緒にな。だけど心配するな、きっとまた何処かで会えるさ・・・忘れないでくれよ、俺達のこと」そう言うと部屋をでようと立ち上がった。「ロールちゃんに、きちんと説明してやってくれるか?」
「うん、わかった」

 「それじゃ、お世話になりました」
ティーゼルは桟橋に立ち、バレル達に別れを告げる。
「身体に気をつけろよ」
「縁があったら、また何処かの島で会いましょう」
「君はお父さんに負けないほどのディグアウターになった、わしが保証しよう。それと、くれぐれも無茶な真似は慎んでくれたまえ・・・妹さんのためにもな」
こんなにも自分を気遣ってくれる人がいて、目頭が熱くなってきた。涙はあのとき、全て流しきってしまったと思ったのに。
「本当に、ありがとうございました」
一つ深々と礼をして、船に乗り込もうとしたとき、マチルダが声をかけた。
「ティーゼル、これ、船の中で食べなさい」
お弁当だった。手作りの。最終便に間に合うようにあわてて出てきたにも関わらず、だ。
あふれそうになる涙をこらえてお礼を言おうとしたが声が出なかった。この三年間、実の母と同じほどの愛を注いでくれたことに胸がいっぱいになってしまった。
「元気でやりなさいよ・・・風邪とか、気をつけてね」
彼女の顔にミラルカの笑顔が重なり、思わず声が出た。「はい、母さん」と。
彼女は少しびっくりしたような顔になって、そして嬉しそうに笑った。



 山の頂付近はもう木々がみごとに色づいている。ティーゼルは公園のベンチに腰掛け、あちこちで駆け回っているコブン達を見ることなく眺め、話を終えた。
「・・・バレル博士には礼の言いようがねぇな・・・傷だらけの俺達をここまで育ててくれたんだ・・・親父と、ほんの数回仕事が一緒だったってだけで」
そうして空を眺める彼の姿にはどこかに少年らしさが見えそうだ。
「お父様と一緒のお仕事?ディグアウトですか?」
トロンがふとした疑問を聞いた。
「いや、まぁそれもあったがな、だいたい本の執筆だったな・・・博士と共著で、ディグアウター心理学とかなんとかいうのを出してたな」
「ディグアウター心理学・・・?」
「たしか書庫にあったはずだぞ、サイン入りで」
「へぇ、今度探してみますね・・・」
少しの沈黙のあと、トロンが立ち上がった。
「ありがとう、お兄さま・・・ここに連れてきてくれて・・お父様とお母様のこと、話してくれて」
そう言うとコブン達の方へ駆けていった。
「ありがとう・・・か・・・礼を言わなきゃいけねぇのは俺の方なのによ・・・おめえのお陰で俺は生きてこられたんだ・・・」言いながらベンチに横になった。「親父・・・おふくろ・・・まだ目的は達成出来てねぇけど、ずっと見守っててくれよな・・・」
 トロン達の歓声が遠くに聞こえる。カーチスが、ミラルカが、彼に笑いかけながら消えていった。

 数ヶ月後、ティーゼルは目的の粛正官を発見する。運命の島、カトルオックスで。
空はどこまでも青く、澄んでいる。

「ロックマンDASH外伝」